番外その1:あの時のトキヤ

「オーディションが終わったら、言いたいことがあります」

そう言うことで、自分の感情を再認識した。この私が、まさか人を好きになるとは。


オーディションの順番がすぐそこに迫っていた。私の隣で待機している真白を見れば、落ち着きがなくそわそわしていて、ひっきりなしに時計と舞台を見比べていた。ふと視線が合うと、彼女は慌ててすまし顔を作った。

「準備はおっけー?歌詞は頭に叩き込んだね、リズムも取れるね、音外さないね、喉の調子は?体調管理はしてるよね」

途中から早口になってきたそのセリフに、くすりと笑う。しみじみと、もうこんなに時間が過ぎたんだね。と言っていた。本当に、一年は早いものです。正直言って、ヘタだった彼女の曲。しかし、がむしゃらに努力してつけたその力で私をぞくぞくとさせてくれた。

本当に彼女はいい曲を作ってくれた。私のために。HAYATOが嫌いと言っていた彼女は、それでも私のパートナーでいた。

「はぁ…もう、卒業。あの頃はずっと帰りたいって思ってたのにね。いつの間にか曲作りが楽しくなってた。一ノ瀬さんにバカにされたときは、負けてなるものかクソ野郎、とか口汚く罵りながら頑張りましたよ」

そんなことを言う真白の言葉を聞いて、では、今は……?とふと気になる。今も、やはり帰りたいのでしょうか。聞こうと思ったけれど、もう順番は次に回っていた。

「……いってらっしゃい、一ノ瀬さん」

「いってきます、速水君」

どれほど暖かい気持ちになっただろうか。マイクを握る手に力がこもった。さて、これから私が歌うのは、君のこの一年。私のこの一年です。


まさか、戻った時には真白がすでに居なくなってるとは、思いもしませんでしたが。




「速水君、おわりま……速水君?」

舞台下手に、てっきり移動しているものかと思っていたが…真白はそこにはいなかった。まぁ、あとで会えるでしょう。その時には感想を聞かせてもらいたいものだ。と思いながら衣装を着替えに向かった。更衣室の扉に手を伸ばした瞬間、後ろから突然誰かに肩を掴まれる。

「誰ですっ?」

「見つけました、トキヤ」

私の肩を掴んでいたのは、異国風の衣装をきた、見たことのない人物で…眉をひそめると、その男は面白くなさそうに頬を膨らませた。

「非常に、ふほんい、です」

「……なにがです?」

「真白が、ワタシよりトキヤを選ぶなんて…」

「真白…速水君を知っているのですか!?彼女はどこへ!」

真白の名前が出たと同時に、私は目を見開いてその男に詰め寄った。男は飄々とした表情で、知りたいですか。なんて言っている。

知りたいに決まっているから、私がこうして詰め寄っているのではないか。なかなか口を割らない男にイラついて舌打ちをしたくなった。しかし、初対面ですし、真白を知っている…。

「帰ったのですよ。彼女は、彼女の世界へ」

「なっ……!?」

「ですが、すでに彼女の世界は、彼女を見捨ててしまっていますがね」

「……どういう、ことですか」

彼女を、見捨てる?

意味が分からずに考える。答えが見つかるより先に、男が答えを言った。

「時間はいつだって等しく過ぎ去ります。こちらでの一年は、向こうでの一年。貴方は、一年間も行方不明になった人を、まだ生きていると信じて過ごせますか?」

「もしや、速水君は……」

「そうです。向こうでは、死んだことになっていますし、一人ぼっちです。ああ、カワイソウですね」

「…っ、」

強く睨みつけると、男は肩をすくめた。そして、無邪気とも言える笑顔で手を打った。

「そうです!ワタシが今、王子様のように真白を迎えに行けば、真白の気持ちはワタシに向かうはずですね!ナイスアイデアです。そうと決まれば、早速、」

「お待ちなさい。……彼女を、迎えに行けるとでも?次元をこえるとでも!?」

「ワタシと早乙女の力があれば問題アリマセン」

「私も連れて行き……行ってください。彼女の居場所はここにだってあるということを教えて差し上げなければ」

「死んでないといいですね。孤独で」

「早く。時間がありません」

真白。今すぐ迎えに行きます。そして、こちらの世界に引き戻して差し上げますよ。

そう思って、ふと笑みがこぼれてきた。おや、私はこれほどまでに…彼女を好いていたのか。

彼女の作る曲が愛おしい。妥協しない真摯な姿勢が好きです。最近見つけた優しいところも、意外と控えめなところも。

君がいないと、生きていくことすら辛くなる。

(ところで、先ほどの男の言葉……。これは、少々思い上がってもいいのでしょうか)

男が指を鳴らすと同時に、めまいというか、立ちくらみがした。ぐるぐると世界が回っているように思えて、変な浮遊感が体を襲う。気がつけば、トリップものでよく見るおかしな空間に立っていた。気持ちが悪くてしゃがみこんでいると、男が波をかき分けるように手を動かしながら、おかしな色の壁に吸い込まれるように消えていった。

私も行かなければ。必死に気持ち悪さを抑えながら、立ち上がる。体がねじ切られるような痛みと、頭にズキズキと響いてくる変な音と、ぐらぐらする視界と。まるで、全てが私を壊そうと襲いかかってきているようでした。

それでも私は負けられません。吐き気をこらえながら、ようやく壁までたどり着いた。しかし、直感がここではないと告げる。違う、あの男よりも先に行かねば。

私はその壁を超えて、さらに奥へと進んだ。霞む視界に苦戦していると、遠くでほのかな…暖かい光が漏れている場所があった。ああ、ここだと直感で感じる。その光を見ていると、気持ち悪さが少し薄れた気がして…私は走り出した。光の向こうに彼女が見える。

あれは、泣いているのでしょうか。唇を噛み締めて……手をぎゅっと握り込んで。ああそんなに握っては、噛み締めては、傷ができてしまいます。



走って、走って。


どうして、ここまで頑張っているのだろう、と思った。でも、その考えはすぐに別のものへと塗り替えられる。彼女に会いたい。会って、全てを伝えたい。



「真白―――――」


手を伸ばせば、すぐそこに。



――――――――――――
トキヤさんが頑張る、の回。
オーディション後、こんなことがありました。というね。
セシルがただの嫌なキャラになってしまった……こんなセシルが好きなんです。本当に好きなんですごめんなさい。
しかしアニプリ二期のセシルはいけすかねぇ(ry
13.05.25






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