引き止めたい

「お待ちなさい」

「んの゛っ!?」

あんだけシリアス描写をして、女失格の顔面まで晒して走り出したと言うのに、数メートルも行かないうちに腕を掴まれてつんのめる。声を聞く限り、一ノ瀬の声だ。しかし、いるはずがない。

振り向いて確認。

「……なんですかその汚い顔は」

「…テイクツーを所望します切望します」

ステージ衣装のまま、呆れた顔でポケットティッシュを引っ張り出し顔面にあてがってきた一ノ瀬。なんでここにいるんだ。一ノ瀬の後ろを見るとすでにセシルは消え去った後だった。なんだよ、次から次に。

「本気で焦りましたよ。ステージを終えて戻ってきたら速水君がいなくなっていたので」

「だって…時間がなかったんだ。早くしないとこっちに帰ってこれなくなって、」

「君は忘れているのですか。……あの日言ったことを」

言葉を遮った一ノ瀬が、真剣な顔で見つめてくる。ギリギリと腕を握る手に力がこもってきた。痛いと言っても離してはくれない。

「オーディション後、言いたいことがあると言ったでしょう」

「…う、そうでした」

忘れてたとは言えず…笑ってごまかす。

「私の思いも聞かず、一生交わることのない道へ戻れというのですか。酷なことだ」

「一ノ瀬さんの、思い…?」

ざっ、と風が頬を撫でる。なびく前髪の間から切れ長の目がじっとこちらを見ていた。逸らせない視線に絡め取られて身動きがとれない私に、半歩彼は近づく。

「私は…君のことが好きです」

「っ……!?」

好き。その言葉を理解するや否や、全身の血が頬に集まってきた気がした。かっと体が熱くなり、心臓が鼓動を早める。

これはある意味、最悪のケースだ。私はこっちで生きないといけないのに、別世界の人を思うなんて。ち、違う私は別に一ノ瀬のこと、は。

……あれ、好きなのかな。

彼がHAYATOをやめた今、彼を毛嫌いする理由もない。それに一年の間、彼を間近で見てきて…それほど嫌いなタイプではないとわかってしまった。ちゃんと人間味もあった。つまり、は。

少なからず私も彼に好意を抱いているような気はしていたわけで。

「わた、しは……。こっちの世界で生きないと、いけないから。その…ごめん」

「会話を聞いていました。…言いにくいですが、君の居場所は、もう」

「っ、わかってる!!」

つい強い口調になってしまう。わかってる。ともう一度呟いた。

「私だって、君のこと好きかもしれないよ!だって今言われたとき嬉しかったもん!……だけど、ね。私の生きるべき場所はここ。ここなんだよ!地球!」

「一つの考えに囚われると、人間は自分に暗示をかけます。今の速水君のように。……別の生き方でもいいじゃないですか。君に、この場所を捨てろと言える立場ではない。確かに、過ごした年月ではこちらのほうが長いですし、この地にはおじいさま、おばあさまもいます。ですが、」

別の生き方だって、あるんですよ。

一ノ瀬はそう言って私の頬に触れた。目尻を指でなぞる。ね。と言ったその顔が思った以上に優しかった。

「いい、の?薄情者って、言われない?二人は悲しまない?君は…迷惑じゃない?」

「誰が君を責められますか。天国のおふたりも……孫の幸せを一番に願うはずです。そんな辛気臭い顔で一生を送られても、逆に迷惑ですよ」

……そっか。じいちゃんも、ばあちゃんも。きっと喜んでくれる。エゴだって言われていい。たまには素直になってみよう。

私は頬に触れてる一ノ瀬の腕を掴むと、その胸に向かって頭突きをかました。うぐっ、とこもった悲鳴が聞こえたが、スルーしてぐりぐりと頭をこすりつける。

「わたっ、し、行ってもいいの?一緒でも、いいの?」

「ええ。もちろんです。もちろんですよ」

ふわりと香る一ノ瀬の香りと、頭をぽんぽんと叩くその手があったかい。気がつけばはらはらと、次第にわんわんと大声で泣き出していた。

「うわぁああああああん!一ノ瀬さんのばかぁああああ!私のいちっ、一大決心を、どう、してくれるんですかっ、うわあああん!」

「君はとても頑固者でしたね。でもたまには折れたっていいんですよ」

「もう折れてるぅうううう!」

びーびーとうるさくなく私に呆れることなく、一ノ瀬は長い間慰めてくれた。


「それで、いい加減告白の返事をくれませんか?まぁ、わかりきってはいますが」

「うぐっ…。ま、まあご想像の通りですよ。……最初は本当に嫌いだったんですけどね!?つ、月日って怖いな……」

「はっきりなさい」

「……好きだよこのやろう!文句あっか!」

「ありません」

一ノ瀬はさっと私の顔面をハンカチでふくと、私を強く抱きしめた。ちゅ、と耳元でリップ音が聞こえる。硬直した私をよそに、一ノ瀬は更に力を込めていく。

「やっと…やっとこの手に抱きしめることができました」

「いちのせ、さん…」

「どうか名前で呼んでください」

掠れた色っぽい声が耳をかすめていく。ぎこちなく頷くと、トキヤさん、と言い直した。

「トキヤさん。トキヤさん…。トキヤさん」

「はい、はい。なんですか」

「苦しいので離してください」

「それは聞き入れられませんね」

くすくす笑った一ノ瀬、もとい、トキヤを見て、ああきっとこれからからかわれまくるんだろうなぁ、と己の未来を察してしまう私なのでした。


(ところで。ゲートのほうは大丈夫なんすか?)
(そろそろ帰らないと不安定になりますね。……心の準備はいいですか)
(はい。…向こうで、飽きたとか言って私を捨てないでくださいね)
(心配性ですね。大丈夫ですよ、愛していますから)
((……のふっ!甘っ!))


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あれ、いつのまにかくっついた。
まぁいっかー。あとちょっと続く。
13.05.14






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