元の世界


降りてきた場所は、幸いにも自分の家からそう遠くない森だった。ゆっくりと森を抜け、慣れた道を歩く。ふんふん、と鼻歌を歌いながら、目元をこする。もうすぐ家だ。じいちゃん、ばあちゃんに会える。

遠くに家が見えたときは、すでに夕方だった。やっほい!と走り出す。畑も懐かしい。ここで夏はトマトを育てた。私の場所をとって、私だけのトマトを育てたなぁ。

ふと、遠くに友達を見つけた。あれ、珍しいな。かよちゃんとともみちゃんがこっち方面を歩いているだなんて。おーい!と声をかけようとして走り出した、その時。二人の会話が耳に入ってきた。

「……丁度一年、たったね。真白が死んでから」

「う、ん。おふたりも、後を追うように…。行方不明なんてあったけど、真白のバカ、何してんのよ……」

「ほら、早くお墓参りに行きましょう。三人の」

内容は、信じがたいものだった。嘘でしょう、私が…死んでいる?お墓もあるのですか?

信じられない。慌てて携帯を開いてみると、日付は一年経過して翌年になっていた。そういえば、季節も若干違う気がする。

…トリップ特典で、時間巻き戻せないの!?

急いで二人を追いかけようとして、転んだ。足を見ると、めちゃくちゃ震えていた。体を起こすために地面についた手も、ガクガクと震えている。目からはとめどなく涙が溢れてきた。

「ばあちゃんが、死んだ…?じいちゃん、も?」

確かに年だった。何かあれば、盲目してんだろ!と思うようだったけれど、どうして死んじゃったの。心労がたたって、とかそんな言い訳は信じたくないんだけど。

「やはり、こうなりましたか」

「!!」

目の前に手が差し伸べられた。それをたどっていくと、あの日一度きりみただけの男、愛島セシルが薄ら笑いを浮かべて首をかしげていた。

「セシル…てめぇ、知ってたのか」

ぱしん、とその手を振り払い立ち上がる。強く睨みつけるとセシルは肩をすくめた。

「まさか。ですが、時間は等しく過ぎ去るもの。失った時間は取り戻せません」

「くっ…」

「ですが、居場所ならありますよ。こちらの世界です」

両手を広げたセシル。

「手違いによりミューズの魂が宿ってしまったアナタには、それだけで価値があります。曲も、ミューズの御加護により、素晴らしいものが作れるでしょう。悪い話ではアリマセン」

思い出したようなカタコトがムカつく。私は自分の手が白くなるほどに握り締めた。怒りで手が震える。あざといのは知ってたけど、卑怯すぎるぜ…。

「嫌だ。私はこの世界に帰ってきたかったのだよ。居場所?知るか、作ってくれるわ。それにね、セシル。………あそこにはもう、私の居場所はないんだ。異世界からきた、特殊なトリッパーは期間限定だからこそ許される。愛される。永久に移住することを決めた人間に、世界はそれほど優しくしてはくれないよ」

だから私は、この世界で生きる。だって、生まれた世界だし、なにより、こっちに居た時間の方が、長いし。

自分に言い聞かせるように言うと、セシルは深くため息をついた。嘘ですね。とつぶやきが漏れる。

「それはウソです。偽りの言葉です。それに、いいじゃないですか。どうせ、もうこちらにアナタの親しいものは居ない。家族は居ない」

「っ………この!」

頬を打とうとした手を寸前で止められる。そのまま抱き寄せられた。体が硬直して抵抗ができなくなる。私の髪を丁寧にすきながら、セシルは歌うように誘った。

「意地悪ばかり言ってしまいましたが、考えてみてください。アナタは孤児扱いです、自立できる年齢でもアリマセン。この世界で何ができますか。その点、こちらなら…トキヤは優秀です。きっとオーディションでも優勝していますよ?」

「それ、は。……いいね、でも一ノ瀬に頼りきりじゃないか。それに、彼は私のことを好いてはいない。捨てられるのがオチさ。ほら、向こうでも孤児だ無職だ何もできない」

動くようになった体でセシルを突き飛ばす。これは精一杯の強がりだ。本当ならすがりついてでも安全安心なホッとする向こうの世界に行ってしまいたい。こっちでの生活を全て思い出の中に封じ込めて、第二の人生というのも悪くない。甘美な誘惑は尽きないけれど。

そうそう都合よくいかない。それと、プライドが邪魔をする。サヨナラしてきた手前、どのツラ下げて戻ればいいのか。ねえ、無理でしょ。そうでしょ。

「消えて。…ありがとう、セシル。ゲームでのみんなを見てると、皆の未来は明るいから安心してアイドル活動に励むといい。私は…家に、帰る」

「知っていますか、世間ではアナタみたいな人を、わからず屋と言うのですよ」

「ひねくれ屋とも言うね。……もう、嫌なんだ。何も考えたくない」

自分の体を抱きしめる。なんで、私がこんな目に。そりゃあトリップを手放しに喜びましたよ。どうせ戻れるならエンジョイしようと。

でも、こんなオチが待っているだなんて。セシルがだんだんと空気に溶けていく。焦ったように、時間が。という声を聞いて走り出した。どこか遠くに行きたかった。

もう苦しまなくていいように。死を忘れるために。セシルが名を呼ぶ。聞こえないふりをした。流れる涙も、鼻水も、見ないふりをして。



ねえ、じいちゃん、ばあちゃん。私の考えは甘すぎたのでしょうか。


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…あれ、こんな予定じゃ(ry
13.05.11






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