オーディション

「準備はおっけー?歌詞は頭に叩き込んだね、リズムも取れるね、音外さないね、喉の調子は?体調管理はしてるよね」

「速水君」

「あードキドキしてきた!曲、大丈夫かな、最終チェックはあれだけしたけど、やっぱり大口叩いたあとだから下手なもん流せねぇ……」

「速水君、落ち着きなさい」

「落ち着いてるわっ、発狂しないだけマシと思ってください!あー心臓のこの辺がすっげー痛い。よく君は平気だね!?」

「お願いですから少し黙っていてください」

「ぐっ……す、すみません」

ここは舞台裏。卒業オーディションを数分後に控えた状態でございます。観客も多く、早乙女も見に来るようなので下手なことは本当にできません。歌うのは私ではないけれど、すでに彼とは運命共同体。私のミスイコール一ノ瀬のミス、そして逆も然り。よく七海はこの緊張感に耐えたな、と音源チェックをしながら笑った。すごい、さすがプロになるだけの根性というか、度胸はある。

「……もうこんな時期なんだね」

ふと、手を止めた私は一ノ瀬を振り返った。最後まで楽譜を眺めている一ノ瀬は、楽譜から顔をあげこちらに微笑みかける。最近見るようになった、優しい表情だ。

「最初からいろいろありましたからね。本当に、一年があっという間に感じましたよ」

「同じく。あの頃はずっと帰りたいって思ってたのにね。いつの間にか曲作りが楽しくなってた。一ノ瀬さんにバカにされたときは、負けてなるものかクソ野郎、とか口汚く罵りながら頑張りましたよ」

くすくすと笑う。そんなこともありましたなぁ。なんてのんきに考えた。はて、なんだか緊張がほぐれてきたような。

「次、準備お願いします」

「はい、今行きます」

出番が近いようで、一ノ瀬がスタッフに応えた。私に向かって、笑みを向けるとステージはしに向かっていった。私はここで彼を見させてもらいましょうか。思い出したようにやってきたドキドキを持て余していると、ふいに背後に気配がした。

「はーい。お元気ですカー?」

「うお、早乙女さん」

オーディション中だからか声をおさえて、早乙女は私の後ろに立っていた。

「何用ですか?」

「……今、帰ることができる。しかしゲートが不安定なため早くしないと戻れなくなるぞ」

あわてて早乙女を振り返ると、どうもわからない顔をしていた。……私今、どんな顔をしてるんだろう。

「今なら帰れるのでしょう」

「今じゃないとやばいでーす」

「ふーん。……せめて一ノ瀬さんの歌、は」

「不安定、なゲートだ。今でもヤバい」

そうかぁ。と私は頭の後ろで手を組む。行きましょうか。と早乙女に笑いかけた。いいのか。という目をしていたが、早乙女が煽ったんだろ。目で促すと場所を移動した。


校長室に行くと、禍々しい空気の中、ソファーをどけて幅をとった床に魔法陣らしきものが書いてあった。すげぇ、と頬がひきつる。ピリピリとした空気が肌に痛い。

「その真ん中へ」

「はいはーい」

スタスタと歩いて魔法陣の中央あたりに立つと、光り始めた。ぶぉん、と音が聞こえ始める。

「あ、そうだ!今までありがとうございました。何気に一年近く居座ったけど、助かりましたよー。……みんなに、ありがとうって伝えてください」

「わかりまーしたー。…さらばだ」

「ばい、」

片手を挙げた瞬間、目の前がフラッシュして…見慣れた風景に変わった。


なんだか、涙が溢れてきた。これは、一年ぶりの故郷を喜んでいるのか


あいつにもう会えないのが悲しいのか。



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あとちょっと!あとちょっと!
13.05.06






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