私は、

「最終調整に入りましょー!歌詞はできていますかー?」

「このとおり、完成していますよ」

一ノ瀬から渡された紙に目を通す。なかなか聞こえのよい言葉で綴られていて、気分がよくなる。とても綺麗な歌詞だと思った。

「すっご…。さすが一ノ瀬さんですね。読んでて暖かくなる」

「速水君の曲があってこその歌詞ですよ。貴方の曲がそうさせるんです」

そう言ってふわりと微笑む一ノ瀬。最近よく笑うようになったね、と言えば少しだけ照れたような顔になった。

「速水君も、私に対して遠慮がなくなりました」

「え、そうかな?」

「前は、寄り付くな、という空気でしたからね。どうしてそこまで嫌われたのか悩みましたよ」

「へぇ、一ノ瀬さんでも悩むんだー、いいこと聞いた!」

歌詞カードを返して、ブースに追いやる。ガラス越しに準備はよいかと尋ねると頷きが一つ、返ってきた。

合図に合わせて曲を流す。前奏が終わり、一ノ瀬が口を開いた。透き通るような透明感のある声。曲に合わせてあの声が、言葉を紡ぐ。自分の曲がこうして一つの作品になるというのはとてつもなく気持ちがよいことだな。

思わず、ゆっくりと目を閉じた。いつまでもこの時間が続けばいいのに。しかし曲はしばらくして余韻を残し消えた。機械を止めると一ノ瀬がブースから出てきた。

「どうでしたか?」

「…すごく綺麗。きっと昔の私ならそんな感想しか言えなかったと思う。準備はいい?微調整に入りますよー」

「ええ、いいですよ」

そうして、曲は完成していくのだ。ほぼ完成体に近づいた自分の曲を見つめて、小さく微笑んだ。どうだ、七海の曲とはまた違う、それでも味のある曲を作れたぞ。

「貴方は、」

「ん?」

「……まだ私のことが嫌いですか」

突然言われた言葉にフリーズする私。そういえば、彼のことを嫌いだと前に告白したんだっけ。さぁ、と血の気が引いていく気がした。私、本人に向かって嫌いとか、とてつもないことを言ってしまったのか……!

「好かれてはいないようですね」

どこか自嘲気味に笑った一ノ瀬に、慌てて手を振った。

「違う!そうじゃなくてだな…その、今はそこまでではない。私が嫌いなのは無理してて意地張ってた一ノ瀬さんだよ。HAYATOだよ…」

だから。と続けようとしたのを一ノ瀬に止められた。それならばよいのです。との微笑みが返ってくる。

「安心しました」

「そ、そうか!な、ならば曲作りを続けようか」

「はい、そうですね」

一ノ瀬の言い方に妙なものを覚えたが、曲作りに集中することにした。しかし……なぜかどうもむず痒い。私の指摘を淡々と受け、ふむと顎に指を沿わせる一ノ瀬を見ていると、どうしてだろうか…心臓が痛い。

「…が、ここまで聞いて思ったこと」

「なるほど、貴方の考えはよくわかりました。では次、こちらからまいりますよ」

「はい」

一ノ瀬からの的確な指示をもらい、楽譜にサラサラと書き込んでいく。さらさら、なんてもんじゃないか、ゴリゴリとシャーペンが磨り減っていった。

「以上ですね。直せますか?」

「まった…面倒なところを切り込んできたね」

「周りの賑やかさでごまかそうとしてもダメですよ。曲は細部まで作り込んでこそ、です」

「わかってますよーだ」

やっぱ、音が軽かったのだろうか。ブツブツとつぶやきながら、曲に手を加えていく。それを一ノ瀬が覗き込んできた。私はパソコンの画面をじっと見つめながら、どうした、と尋ねる。

返事は返ってこなかった。

「…一ノ瀬さん?」

「私は」

真剣な声が降ってくる。思わず指を止めてしまった。

「…貴方の曲、嫌いではありませんよ」

この男は何を言いたいんだ。くるりと振り返って一ノ瀬をみると、声にあう真剣な表情をしていた。

「あ、ありが、とう……?」

それだけ言うと、ふっと目元を和らげてソファーに沈み込んだ。

「少し、休みましょうか」

提案すると、とくに反対もされず、私はデータを保存すると束の間の休憩に入ることになったのである。

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ほのぼのタイム。
13.05.04






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