失意の先で

私にはこのイライラを発散するべき方法がわからなかった。まず、こんなに非現実的なことで悩むことなんて考えもしなかったし、もしあったとしても、そんなの妄想の中だけだろう、って笑ってたから。

トリップものの小説を読むたびに、一時の感情に流されて自分の世界を捨てるなんて、無理だね。と思っていたけど、それはどうやら間違いだったようだ。帰れるわけない。来たばかりであるならまだしも、こんなに、ゲームじゃない皆を知ってしまったあとじゃ、手遅れすぎる。

それで結局、対処法がわからなくなって一人で悩んでしまうっていうオチだ。ふざけんじゃねーよ、って感じですね。

「……ばーか」

自分に向けて言葉をはくも、イマイチ伝わらない。何もしたくなくてレコーディングルームに逃げ込んだけど、ここに来たら自然と作曲したいという気持ちになる自分が信じられなかった。こんなに音楽にのめり込むことになろうとは。

これもひとえにこの世界の人間のせいである。

「くっそー。こうなったら星屑でも作ってやんよ!見てろ春歌お先に失礼だ!」

今自分の曲を作れば、さらに苦しくなる気がして、盗作ではないけど、ちょっとだけメロディをもらうことにした。あれはどんな曲だったっけ、と頭で思い出しながら、指は慣れたようにPC内の鍵盤を押していく。

自分流にアレンジして、数時間後、サビの部分が完成した。あれを一ノ瀬の美声で聞いたら惚れるわ。うん。

むふー、と満足して、あれ?なんで私イライラしてたんだっけ?というとこまで回復した頃、…………突然に扉が開かれた。

「どちらさ……げ」

「おや、やはりこちらにいたのですね」

がくん、と背もたれに背中を預けたまま首だけを後ろにそらすと、一ノ瀬が目に入ってきた。逆さまの一ノ瀬は、おや?と目を見張る。

「いい曲ですね、それ」

「は…?…………あ、ぁ。これのこと」

一ノ瀬の言葉で、そういえば曲を流しっぱなしだったことに気づいて、それとなく身体を起こすと音を切った。同時に後ろで扉の閉まる音が聞こえて、足音が近づいてくる。私の斜め後ろに、一ノ瀬が立っていた。

「なぜ止めるのです?とてもいい曲じゃないですか」

その、おそらく何気なく発せられたであろうそれに私の手が固まる。顔がだんだん強ばっていくのがわかった。その変化に気づくことなく、一ノ瀬は曲の感想をつらつらを上げていく。

「今まで聞いてきたどの曲よりも輝いて聞こえましたよ。気づかぬうちに腕をあげましたね」

その言葉が痛い。

違う、これは私の曲じゃなくて、七海の曲だ。

そういえば良かったのに、言えたのなら良かったのに結局私は何も言わずじまいだった。一ノ瀬の声が遠くに聞こえる。暗に、私はいらない、七海で十分。という言葉に聞こえてしまう。自虐しても意味はないってわかってるのに、なぜだかすごく痛かった。

「うん、そうか。ありがとうございます」

これでも笑えた私を褒めて欲しい。唇を噛み締めた。机に向き合いながらて早くPCをシャットダウンした。

「なぜ…」

後ろで怪訝そうな一ノ瀬の声が聞こえてくる。

「なぜ、貴方はいつも、自分を認めようとしないんですか」

「言ってる意味がイマイチわかりませんねぇー。あはは、練習していきます?」

「……いいえ。今日は用事がありますので、様子を見に来ただけですよ」

「そうっすか」

カバンを持って立ち上がると、静かに一ノ瀬が立ちふさがってきた。なに。と視線を送るとなにやらためらいを見せたあと…首を振った。

「何を溜め込んでるのかわかりませんが、そんなものはスランプのいい原因です。早めにどうにかすることをお勧めしますよ」

「善処してみますね。鍵、閉めといてください」

「わかりました」

「では、また」

軽く手を振ってレコーディングルームを出た。

「……簡単に言ってくれやがって。…帰り、たい」


こんなに家に帰りたいなんて、思わなかった。あの頃は、まぁのんびりして帰れるときに帰ればいいかな、っていうぬるい考えだった。だけど今はここに居れば居るほど思い入れが出てきて離れがたくなる。

シリアスキャラを気取りたいわけじゃない。だけど、本当にそんなことを思った。



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脱シリアスができない。
13.03.21






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