大喧嘩

「どうせ帰るんだから、仲良くしちゃ別れが辛くなりますでしょう」

朝、鏡に向かって自分に言い聞かせた言葉を、教室前でもう一度呟いた。そしてゆっくりと扉を開ける。いつものように元気に挨拶をしてくれる一十木に、小さく頭を下げただけで席に座った。

そしてすぐに本を開く。話しかけないで、というオーラを出すと、彼は近寄らなくなった。

「おはよう、真白」

「…………どうも」

「どうしたのか、体調を壊したか」

「大丈夫。気にしないで」

「…すまない」

すっげぇ心が痛いです。本当は今すぐにでも顔を上げて、うそだよーびっくりした!?あっはっは。とか言って聖川の額をつつきたい。だけど、やっちゃだめだ。

「あ、あの……真白ちゃん、おはよう?」

「やっほーおはよ、真白!」

「……ん」

「「?」」



こんな調子でみんなから距離を置くこと、数週間。ある日、昼休みにのんびりと森の小道(命名私)を歩いていると、突然誰かに手首を掴まれた。ぐるん、と首を回して確認すれば、オレンジ色の特徴的な髪に、大胆に開いた胸元。

無駄な色気を垂れ流すこの人……あれだ、神宮寺だ。

「どうしたんです、神宮寺さん」

「…ちょっと、おはなし、しよう?」

問いかけているくせに、彼は私の肩を抱きよせ、問答無用で近くのベンチに座らせる。何げに、持っていた道具を取られてしまってはその場から逃げることもできない。

くそっ、と心の中で悪態を付きながら彼と距離をおいて座る。

「ええっと……はなしって、なんでしょうか。手短にお願いしたいんですけれど……」

「突然、そんな風に素っ気なくなったのは、なにか理由でもあるのかい?…人には言えないような」

「っ…なんで。あったとしても君には関係ない」

「じゃあ、あるんだね」

ニッコリと微笑んで色気を流すが、あいにくと私には通用しない。画面のむこうで存分に楽しませていただいたからな。それとそれなりの耐性がついた。

ふい、と視線をそらして、どこぞの木を見る。夏休みも終わった今は、葉っぱがそれなりに紅く色づいてきている。キレイダナー、とぼんやり思った。

「………もう、こんな季節」

「そうだね。秋は嫌いじゃないよ」

「そうですか。私は秋なんて大嫌いです」

秋の夜とか、とくに。長くて嫌い。ただでさえ夜というものは好きじゃないのに、そんなに長くてどうしろというの。

「…ちょっとIFの話に付き合って」

「いいよ。レディ…、真白のお願いならね」

「ありがと。……もし、もしもだよ?」

手のひらに落ちてきた葉っぱを、葉脈にそってゆっくりと引き裂いていく。少しずつ小さく、葉脈だけになっていく葉っぱを見つめながら、私は口を開いた。

「自分が欲しいものがあるとする。そして自分はその欲しいものを手に入れるための力が、半分ほどあったとする」

自分の考えをゆっくりとまとめていく。どうやったらうまく説明できるかな。不思議、神宮寺にはある程度話せる気がする。

きっと同じ人間の気がするから。私とそっくり。いや、あまりにも失礼かもしれないけどね。

「自分はその欲しいものを手に入れた。だけど、自分には戻ら、……行かないと行けない場所があって、そこに戻るイコールそのモノを全部捨てる、ってことになっちゃう。…………君ならどうする?」



欲しいものを持ったまま、自分の帰る場所を裏切るか



欲しいものを捨ててでも、もとの自分に戻るか



実は、上に示したモノって、場所に置き換えて考えられるんだ。私の居場所はここ。早乙女学園Aクラス作曲家コース。そして一ノ瀬トキヤのパートナー。

元の居場所はあれ。速水真白で、田舎暮らしで、家では祖父、祖母と暮らしていて。何となく都会に憧れながらも田舎で一生を過ごしたいと思ってる平凡な私。

生きてきた年月、そして私の本来の居場所のことを考えれば、私がいるべき場所は明らかだ。

そう、元の世界。

「……どっちも、は取れないんだよねぇ」

「当たり前よ。むりむり」

「じゃあ、自分がいいと思う方」

「バカか。それがわかんねぇから悩んでんだってばフェロモン野郎」

「……………」

葉っぱをちぎり終え、ばっと遠くに投げる。それほどまで遠くに行かずに、一本の筋だけになった葉っぱは目の前に落ちてきた。ぎゅっと拳を握る。

「どっちか片っぽ。どっちもってのはアリエナイ」

「じゃあ、すぐに決めなくていいんじゃない?」

「………はぁ?」

「別に、今すぐ答えを出せ、ってわけじゃないんでしょう?それなら、いざ答えを出す、という時まで放置でいいんじゃない?」

「なんでよ」

「だって、今大切なものが、その時まで大切だとは限らないでしょ?その時大切なモノが多い方を選べばいいよ」

ねっ?とウインクつきで言葉をくれる彼に、私は無意識に背を向けた。ダメだ、明るい。まぶしいぞコイツ。

なに、悟ってんだよ。あんた、ゲームでは七海いないと何も変われなかったくせに。なんで今、それっぽいこと言える大人になってんだよ。

「君なら絶対、どっちも取るよ。俺に不可能はない。とかいうと思ったのに」

「ひどい」

「言ってくれたら、失望できたのに。何もかも、どうせこんなもんだったんだね、私が好きな人たちみんな、その程度なんだねって思えたのに。最低」

「ふふ。俺もこの間レディに教わったばっかりだけどね」

「……春歌、に?」

「そう。ナナミハルカちゃんに」

「あ、そう」

ほらね、私なんて。

「じゃあ、私なんて、いらない、ね」

「どうしてそうな、」

「じゃあ、私なんていらないでしょ!?って言ってんの!!あのね、君なんかにわかんないよ!そりゃあ、分かんないでしょうよ!!誰が、私のこれを分かるものですか。分かられてたまるもんですか!」

嫉妬してるみたいなんだけど。私、みっともない。

だけど残念なことにこの無駄に高ぶった感情は、ちょっとやそっとじゃ止まってくれない。いくらでも溢れてくる最低な感情。嫉妬。七海が主人公だ。七海がヒロインだ。私は、いら、ない。

違うってわかってる、だけど止まらなかった。今は感情に任せて怒鳴りたかった。

「わかんないよ!私もね、いろいろあってここに来た。最初は、みんなと仲良くヘラヘラ遊んでればいいと思ってた。だけど、誰かさんのせいで音楽真面目にやって、そんで、ようやくここも悪くないって思ったのに……。嫌い、嫌いだよこんなの。みんな嫌いだ。音也も、真斗さんも、那月も、春歌も友千香もレンも翔ちゃんもトキヤもセシルも早乙女も林檎センセもリューヤさんも、だれもこんな複雑な気持ちわかんねぇだろっ!?」

まて、待て待て私、なんでここまでキレてるんだ。

「いいな。いいないいな皆居場所があって。皆、この世界に居場所がある。私にはない。いーよな、孤児の音也だって、今はこーんないい学校に通ってんだか……っ!!」

ぱぁん、と誰かに頬を叩かれた。うたれた頬がジンジンと痛みを持つ。

「な、に…」

見れば、渋谷だった。一体どこから出てきたというのだろう。

「なに、言ってんのよ……」

「友千香、盗み聞き?……なんて人」

「何とでも言えば!?だけどね、アタシから言わせてもらったら、アンタの方が"なんて人"だね。なんでアイツのこと、あんなふうに言えるの?本人、聞いたら絶対傷つく」

「……」

「ねぇ、あんた最近おかしいよ。何があったか教えて。あたしたち、友達じゃん。あたしがいやだったら、春歌もいる、ほかのAクラスのやつらもいる。だから、アンタがそんなカッカしてる理由教えてよ」

渋谷に肩を掴まれて、逃げることはできない。神宮寺、空気だな。とそんなことを考えてた。見るとあっけにとられている。ふふ、そんな顔も格好いいって、美形どんだけ素晴らしいんだ。

「理由話せ、なんて絶対ヤだよ」

どうやら私は、こんな状況でもこんなことをバラシたくないらしい。そりゃそうか、だって、君たちがゲームの中の人物で、私は皆の過去やこの一年の出来事、未来までもわかるなんて言ったらキチガイ扱いか、引かれること確実。

嫌われながら元の世界に帰るのは平気でも

皆には私をそんな目で見て欲しくなかった。

願わくば、皆が真実を知らないことを。

何度願ったか。今までは順調だったのに。そうだ、これも全てトキヤが悪い。アイツが、あんなこと言わなきゃ私だって普通通りだった。早乙女からもし「今からでも帰れるぞー」的な発言聞いて、それから帰る準備をそれとなく進めればよかったダケなのに。

つくづく一ノ瀬にはいい思い出がない。

「……強いて言うなら、どうでもよくなったの」

「っ…あんたの覚悟、そんなもんだったのかよ!?あんた、最初の頃言ったじゃん。あれどうなったの!?」

「だから、どうでも良くなったんだって。私の覚悟なんて、そんなもんだよ。まずね、友千香…このガッコだって正規の入学ルートじゃねぇし」

どうせ、私は異世界の人間だ。イレギュラーだ。文句あっか。

「……くっ、勝手にしな!」

「ああ。勝手にするね。……ありがとう、友千香」

「アタシは渋谷よ」

「……渋谷。あの…。今は、ごめん」

渋谷が嵐のように去っていく。神宮寺は気を利かせてか、何も話しかけてくれなかった。今はそれがありがたい。

「友達との大喧嘩なんて、初めてしちゃった」

「…」

「でも、ごめん。私は――――だから」

いせかいの にんげんだから


「それでは。話、なるだけ参考に考えてみる」

「自分のしたいように歩けばいいと思うよ」

「…君、優しすぎるね」

「レディ達にだけさ」

私は神宮寺に一度だけ頭を下げると、レコーディングルームに走った。全力で、午後の授業はサボる気であった。

事情を知る日向さんにちょっと頼めば、苦い顔しながらも鍵を貸してくれた。去り際、泣くなよ。という言葉を残して。

自分の手にゆっくりと手を伸ばしてみると、確かにちょっとだけ濡れていた。




(泣くなよ、なんて、むりに、きまって、る)


13.03.14






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