離れるべき


「ちゃお〜、翔ちゃんに会いに来たよ」

「んお、真白!ちょっと待ってろ…よし」

机の上の道具をしまった翔ちゃんは、パタパタと扉に駆け寄ってくる。可愛いことこの上なし。

「どうしたんだ?…なんかそわそわしてるけど」

「………一ノ瀬、来てないよね」

「ああ。そういや。今日は休みだぜ」

翔ちゃんが、どうして?と首をかしげたので、私は昨日の出来事を軽く話した。聴き終わった翔ちゃんは、ため息をついて額を抑える。

「それでね翔ちゃん、お願いなんだけど……」

「ん?」

「あいつ、今日私がメールで釘刺さなきゃ絶対学校来てた。シメ……いや、ちょっと説教するから放課後やつの部屋まで案内して?」

「音也は?」

「うーん、用事があって駄目だって。今度ゲームする約束して放ってきた」

「……そ、うか」

呆れ顔を見ないふりして、持っていた鞄を振り回す。通行人に当たらないように、小さくだけど。翔ちゃんは、仕方ねぇなと笑うと荷物をとって私の手を引く。

何かあれば手を引いてくれる翔ちゃんにきゅんきゅんです!なに、恋なの!?恋してくれたのいやダメよだって恋愛禁止的なアレがアレでどうこうだから……。

「顔崩れてんぞ」

「いやん見ないで」

「あと、その………手ぇ勝手にごめん。こっ、恋とかそんなんじゃないし……」

「…漏れてた?」

「全力で」

…。そのあとは若干気まずい雰囲気のまま通学路を歩く。

よく考えれば、プリンスとまで言われる翔ちゃんを独り占め状態なんだよなぁ……。ちょっと嬉しい。というか、いつも思うんだけど……。レンと仲良しだと女子の嫉妬激しいのに、同じくらい人気というか美形の他五人とつるんでいてもとくにいじめとかはないんだよなぁ。…………なんの違いだろう。男が大胆だと女まで大胆になっちゃうのか?結論、レンが悪い。

「そういえばさ、翔ちゃん」

「んー?」

「オーディションの方は順調?」

「おう!パートナーも、あ、東谷ってやつなんだけど、話が合うんだよ!さいっこう!」

「トウゴクくん?へぇ、仲良くていいじゃん。私なんか、一ノ瀬にイマイチ、嫌われてんのか嫌われてないのか分かんない状態で……」

苦笑いを返すと、翔ちゃんは私の頭にぽんと片手を置いた。そのままわしゃわしゃと無言で撫でられる。気持ちが良くて少し目を細めた。

「……あー、まぁ、気にすんな。少なくとも嫌われてはいねぇよ」

「そう?よかった。お互い険悪だとやりにくいもんねー」

「そーいやなんでお前、あいつのこと嫌ってんの?」

「ん〜、嫌ってるってのじゃなくて…なんて言おう、ええと、そう!気に入らない!才能とかじゃなくて、本体が?」

なんだそりゃ。と笑われたけど、うまく説明ができなかった。おかしいな、前まではキャラ的にキライ!と言えたんだけど、ここはゲーム世界そのものだし言えない…。しばらく黙っていると、翔ちゃんが私の頭から手をおろして、頭の後ろで手を組んだ。

「理由はっきり言えないうちに全否定してやるなよ。全部見てないのに、全部拒むなって。…あいつ、それなりに気にしてんだぜ」

「え……」

「いつも、たまにだけど気にしてる。おまえが遊びに来て返ってきた後、たまにため息ついてるんだ」

「!?」

翔ちゃんはこちらに顔を向けないまま、淡々と述べる。あまりにもありえない内容すぎて笑い飛ばそうとしたが、あまりにも真面目な顔だったので笑みなど引っ込んでしまった。

後ろ手に担いだ鞄をぎゅっと握り締め、唇を噛む。これはアレですか、説教、的な。

「…ごめん、なさい」

「ちょっ、なんで謝ってんだよ。違う違う、それに謝るつもりでも俺に言う言葉じゃねぇだろ?」

「本人には言わないよ。嫌いなもんは、嫌いだし好きになれない何かがあるし。でも全部嫌いってわけじゃないかな。真面目なところは評価するし、音楽に対する能力は本当、すごいし」

「……。ま、俺が口出すことじゃないな。ほら、ついたぞ」

部屋の前まで連れてきてもらって私は翔ちゃんと別れた。ドアをノックして部屋に入ると、一ノ瀬がぐったりとしたオーラを出しながら机に向かって何かしている。ピキッ、と私の額に青筋が走った。

「一ノ瀬さん?……私来るってメール送りましたよねあなたから返信きましたよねオッケー言ってましたよねせめて来る時間帯になったら大人しくベッドで寝てたフリくらいしろやぁあああああああああああ!!!」

おるぁあ!と鞄を投げ捨てると一ノ瀬に掴みかかった。胸ぐらをひっつかんでズルズルとベッドに引っ張ってく。

「ちょっ、何するんですか、苦し、」

「あのですね、私も、一ノ瀬さんがピンピンしてたらあーもう元気なったんすねーよかったお大事に、ってだけで済んだんスよ!?でもほら!あんた顔白いっ青白いっ駄目ですよまた倒れますよ何してたの!」

「…ちょっと、作詞、を」

「……ごめんなさい。だけど…こればかりは許せませんね。学校休んだくせに大人しく療養してないってどういうこと。ほら、額こんなに熱い熱冷まシートで冷ましさない」

びたん!という音と共に額に子供用の冷たいシートを貼る。

「ほんとに…勘弁してくださいよ。無理しすぎだよ。バイトが大変?あんな量こなしてちゃ倒れるよ。あのね、不本意でしょ?やってて何が楽しいの。自分偽って、馬鹿みたいに演技してさ。そりゃああんたの生きがい?そんなもんを奪うわけじゃないよ、だけどね、……少しは、自分の意見、持ちなよ」

ああ、これだ。これが嫌なんだ。なんだかんだで流される一ノ瀬に苛立つ。

ともかく、私はかなりムカついていた。チッ、と普段なら人前ですることのない舌打ちまでする始末。ぽかんと一ノ瀬の間抜けな表情が目に入ってきた。

「で、ですが私は……」

「ふ、ざ、け、ん、な」

ぐぐぐ、と首元を締め上げたい衝動に襲われたが、どうにかこらえると、静かに、ベッドの上の彼に乗り上げた。肩をぐいと押さえつけて、いいですか。と言う。

「お願いです。これ以上私を心配させないでください」

「……しん、ぱい?」

「あ…………。い、いや!別にそんな、いや心配してないことはないけど、でも別にそれは別段特別なアレじゃなくて、ただ、そう、パートナーとしてだよ。倒れられたら困るというか」

「……くすっ、素直じゃないですね」

「首絞められたいか!?」

「勘弁ですね。…まぁ、速水君がそこまで言うなら今日は特別に寝ときますよ」

「いつも寝とけ、馬鹿!ただでさえゆっくり休めるのはこういう時くらいなのに………」

一ノ瀬の上から退くとため息混じりに呟いた。それを聞いて一ノ瀬がこちらに視線をやる。

「…君は、なんでも知っているみたいですね。現に、私のことも…………」

「…ッ!?」

「まぁ、そんなわけないでしょうが」

「君の事って、なに?」

「教えませんよ。教えられるわけ、ないでしょう」

おそらく、いや絶対彼が言っているのはハヤトのことだ。ハヤト=トキヤというのがバレるのを恐れているのだろう。……なら、私が知っていると口に出すのは、してはいけないことだね。まず、嫌いなやつのためにそんなの言うはずないけど。

くそ。お前なんて、お前なんて嫌いなんだけど。


もしかして、私は図に乗りすぎたの…か?どうせ帰るから、なんて軽い考えで、こいつらの世界に深入りしすぎちゃったのかな……。

「ごめん。今日は帰る。……絶対安静だから。悪化させたら全力でソレ握りつぶしに来る」

「…………。寝ておきますね」

「よろしい判断ですね。んじゃ!お大事に、一ノ瀬さん」

手を振って部屋から出る。そのままの勢いで寮に帰ると自分の部屋の扉を力強くしめた。ずるずる、とそれにもたれかかるように地面に倒れこむ。

自分の顔を両手で覆った。どうしよう、このままここにいちゃ、きっと帰れなくなる。なんとなく心で分かった。彼らに肩入れしすぎだ。さっきの一ノ瀬に対する態度でなんとなくわかる。人が病気だと聞いてあそこまで焦ったこと、今までなかった。なのに、なんで。

「接触は必要最低限にしよう。これから、みんなを避けないと……」

私は不器用だから。コミュ力低いから。

こんな方法でしか、自分を守れそうもないのです。




「――ごめん」


――――――――――――
なんか気づいた夢主。
さてこれからどうなるのか。

13.02.02






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