やっぱり、嫌い

「ふぅ、疲れた〜」

一通りやることやったんで暇になった私は、なんの気なしにテレビを付けた。しばらく暗い画面が続いたあと、ゆっくり聞いたことのある声……ハヤトだ、彼の声がフェードインしてきた。

『……は、ボクのコンサートに来てくれてありがとにゃ!精一杯歌うから、楽しんでいってほしいな』

「あ、ハヤトだ」

ソファに沈みこんでしまったので、立ち上がる気力がなく…それと、やつのやっていることが少し気になったのがあって、そのまま見ることにした。

コンサート会場の生放送らしく、大変だなぁ〜、と思った。しばらくトークをして、それから歌いだす。あまりの騒がれように、さすが超スターだなと驚いた。

「ふぅん、ずいぶん楽しそうに歌うんだな」

あのむっつり一ノ瀬からは想像もできないくらいに、爽やかで愛らしい笑顔を振りまきながら踊るハヤト。あれがキャラで、あのむっつり一ノ瀬が本体ですよと言っても冗談にしか聞こえないくらいで、さすがに生半可な覚悟じゃやってないよな、と感心する。

これだけ見たら、私は彼が一ノ瀬と同一人物なんて信じなかっただろう。こっちの世界で生きていて、もしこの学園に入っていても、せいぜい、ああ兄弟なんだなー、ということしか気づけないだろう。よかった、トリップで。あの人のこと知ってて。

そうやってぼーっと考え事をしているうちに、ハヤトの声は頭に入ってこなくなっていた。



「おはようございます」

「……!?」

今日は珍しく早く学校についたので、のんびりしていようかなぁ。と思いつつ廊下を歩いていけば、向かってくる一ノ瀬に気づいた。どうせ今日も最低限の交流しかできないんだろうなぁ。と思って、軽く会釈だけで通り過ぎようとした。

すると、あの、あの一ノ瀬が……。私に挨拶をしてきたのです。勢いよく後ろを振り返ってみても、私以外に人はいない。

つまり、私に向かって挨拶をしてきたわけですね、そうですねそうですか。

……え?

「なんですか。私が挨拶するのがそんなに珍しいですか」

ポカン、としていたのか、一ノ瀬が怪訝そうな顔をして足を止める。私もピタリと足を止めた。正面で向かい合う形となった私は、慌ててぶんぶんと手を振る。

「いっ、いえいえ!すみません、おはようございます一ノ瀬さん今日もいい天気ですね今日も一日頑張って行きましょういい天気なので!」

「焦りすぎですよ……。ふふ、それではまた」

「あ、は…はい!」

い、いつもなら鼻で笑うくせに……。昨日とはかなり違うな。どんな変わりようだ!昨日あったことと言えばメアドを交換したくらいだろう!?

「まぁ、ボチノセだから…わからんくもない。心の拠り所でも出来たのかねぇ。そいえば、もう神宮寺や翔ちゃんとは仲良しなんだろうか?」

まぁ、細かいことを気にしてたらダメなんで、そんなことは心からおいやって教室に入った。

「あら、真斗さん。おはよーございます」

「ん?おはよう。今日は珍しく早いな、真白」

「そーっすね、なんか早く目ぇ覚めちゃって」

あは、と笑って鞄を机に置くと、聖川の元に寄ってった。何か本を読んでいたらしくて、何読んでるの?と聞けば良くわからない外国語の文字が聞こえた。

「……ん?な、なんて?」

「…まぁ、ドイツの本だ」

「噛み砕いての説明ありがとう」

本にしおりを挟んだ聖川は、にっこりと笑った。あまりの美人さにくらくらとめまいがする。

「真斗さんの笑みって破壊力ありますよね……」

「アイドルコースだからな」

「納得できちゃう理由ねソレ」

ふわっふわとナイススマイルを維持したまま(絶対ワザとだ)鞄の中から一冊の本を取り出す。それを私に向けた。

なにかな?と首をひねったが、とりあえず受け取る。

「マザーグースだ。たしかお前、ちょっと前に読んでみたいと言っていただろう?俺のでよかったら借りるといい」

「うそ、いいの!?」

「ああ。是非感想を聞かせてくれ」

「うん!うん!あ、私ね、マザーグースだったらアレが好きだなー、ハンプティ・ダンプティのやつ。あとディーダムのやつ。ガラガラのやつで喧嘩したんだよね」

好きな文章をつらつらと上げていけば、聖川も頷きながら同意してくれる。六ペンスの歌を歌おうも好きだ。リズムが。

「マザーグースはいい。言葉遊びをうまく使っているし、原文で読むと韻が踏まれていて深みが出てくる」

「原文かぁ、私はまだそこまではいかないけど、いつか読めるといいな」

「そうだな、原文は本当におすすめできる」

「ふふ、ありがとうな、真斗さん。これを機に本を読む習慣でもつけようか。田舎出身だから近くに図書館も本屋もなくって」

それに、部屋よりも外が好きだったこともあって、本はあまり読まなかった。読書は好きだが、ただ単に機会がなかっただけである。

「それは…。俺の本でよければ、いつでも声をかけてくれ。おすすめの本を貸そう」

「ありがとう…。真斗さんっていい感じに優しいな」

「本について語る人が欲しかったのだ。是非語ろう」

「喜んでー!」

聖川から借りた本を胸に抱いて席に戻る。早速読書でもしよう、と本を開いて読み始めた。

昼休みはみんなでご飯を食べて(今日は惣菜パン)放課後は一ノ瀬と練習!ある程度曲の話し合いは進んでいるので一番だけは完成した。大体三分程度の曲でオーディションはオッケーらしいから、あと二分弱。二番や間奏を入れるとして…。ふむ、どうにかなりそうである。

よくまぁ独学、しかも初心者の私がここまでやってこれたよ。自分に拍手。

一ノ瀬は、前とは考えられないくらい熱心に曲作りに協力してくれて、一度は夢かと疑ったこともあった。でも……少しは認めてくれたんだと思ってもいいかな。だったら頑張った甲斐あるかもな。

「…と思いますね。聞いてますか?速水君」

「あ、すっ、すみません!ちょっとぼーっとしてました」

「具合が悪いのですか?無理はいけませんよ」

「まさか!ご存知の通り、レコーディングルームでもぐーすか寝る女ですから」

「無理、無茶とはかけ離れた存在ですね。もう少し頑張ってもいいのですが」

ガラス越しに苦笑混じりの言葉が飛ぶ。音楽以外は厳しいのです。翔ちゃん目当てでSクラ行った時もなんか私、かわいそうな扱いされたし。あれは思い出したくもない思い出だ。

「だから、ぼーっとしない!」

「はっ!?すっ、すみません!!」

「………わかればいいのですよ。せっかくの時間なんですから、有意義に過ごしたいのです」

一瞬、ふっと見せた悲しげな表情。

…彼は、トキヤとハヤト、二つの人間を持っている。もちろん、本体はトキヤなのだが、今の様子では……彼を結構な時間見てきて確信した、トキヤではなく、ハヤトの方が彼の心を占めていることが多い。

私はこっそり唇をかんだ。ここにいるときだけでもトキヤでいさせてやりたいと思った私はどこへいったというのだ。旅行中とか冗談じゃない。

「一ノ瀬さんは、どんな曲調が好きなんですか。結局」

焦った結果、よくわからない質問をしてしまう。は?という顔をした一ノ瀬を見て、慌てて手を振った。

「なんでもないです。気に、しないでください…」

「そうですね、テンポの早いのは好きですよ。ゆったりしたのもありですが、自分のものとなれば」

「…?」

「曲の話です。その点、君の曲はいいですね。悪くないですよ」

「い、一ノ瀬……ふふ、私頑張ってみようかなぁ」

「そうしてもらいたいものですね」

「……。あー、私ちょっと疲れました。休憩入れましょうか。自主トレもダメですよ休んでください」

最近、特にトキヤとハヤトの境目がゆるくなって、気を抜けば、よく見りゃわかる……ハヤトが出てきてた。きっと疲れてるからだね。バイトで抜けるのがこの時期多いし、絶対いつかボロがでる。か、体調を崩す。

体調を崩してからでは遅いのだ。体調は戻っても喉をやっていたら結構な間、声がおかしくなるかもしれない。

私に出来ることは……それとなく休憩をとらせて、少しの時間でも安らぎを与えることくらいだ。大体、他人の体調事情に深く突っ込む気はさらさらないです。

だって、一ノ瀬のこと認めるこたぁ認めるけど、嫌いなのは変わらないし。……ハヤトがいて優柔不断な間、もしかしたらハヤトを辞めたあとも。好きに、なりようがない。ライクでも、ラブでも。

ブースから出てきて、ソファに脱力したように倒れた一ノ瀬をチラリと見て、ふっと目を閉じた。そのまま椅子の背もたれに身体を預けた。

まったくもって中途半端なやつだ。どっちかに傾きもせず、少しの休みでもあれば…うわ、めっちゃ深く眠ってる。そんくらい疲れても二人の人間をキープしようという気持ち。

もちろん、ゲームはやっているから、彼がハヤトじゃ嫌でトキヤとしてデビューしたいのは知ってる。だけど、それはあくまでも七海が一ノ瀬ルートを選んだ場合。たまぁに七海をゲームのヒロインという目で見ているが、とりあえず一ノ瀬ルートでないことは確かだ。見ててわかる。まず、関わりがないし。

よく考えたら、彼女の立場私が盗っちゃってるんだよなぁ。ごめんね、七海。でも私だって、帰るまでの間を無駄にしたくはないんだ。

基本、休憩は三十分単位でとるので、彼には丁度いい仮眠になるだろう。最初はやつも遠慮していたが、私があまりにもゴリ押すので諦めて今は仮眠に使っている。

私はというと、特に眠くないし(毎日健康八時間睡眠)やるこたぁない。休憩中はぼーっとしてるか(何気にボーっとするの好き)曲を編集してるかという。

あーもう、一ノ瀬が許せない。なんでこう、自己表現つーか、そんなのができないんだろう。無理はダメだよって何度言っても関係ないでしょうの一言。バイト減らせと言っても、無理だの一点張り。トキヤの親戚と偽ってマネージャーに苦情電話の一本でもかけてやろうか!

…………いや、ハヤトであることも仕事だし、マネージャーも仕事だし。私がどうこう言える問題じゃないのは確か。

無理なくせに。嫌なくせに。なんでお前はそれをやめないんだ。存在意義ならあるだろ。この、早乙女学園がお前の居場所だろ。ハヤトやめてもトキヤでデビューすれば、いいだけだろ。なのになんでここまでしてハヤトに執着するんだよ。

もう、いい。気にするのが馬鹿みたいだ。こいつなんて私の人生に今この時しか組み込まれないんだし、ね?この中途半端野郎は。

「……やっぱり嫌いだ。お前なんて」

隙だらけの顔で眠る一ノ瀬に視線をやり、ぽつり、と小さな声で呟いた。


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気持ちがあちこちと揺れる夢主。
いい人だと思いたいけど、やっぱり嫌いだから、という瀬戸際。
そだ、あけましておめでとうございます。

13.01.05






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