レコーディングルームにて



「ふぅむ…………ここはこんな感じなのかな。いや、でも一ノ瀬だから、もうちょっと鋭い雰囲気がいい」

カチカチをマウスで曲を打ち込んでいたが、携帯のアラームが鳴ったのを聞くと、手を止めた。やりすぎは身体によくない。コンを詰めてやるのも大事だけど、それでブッ倒れたら元も子もない。何より、絶対一ノ瀬にイヤミを言われる。

それだけは断固☆阻止したいため、時間には気を使って、休憩も時々は挟んでいる。三時間ほど通してやっていたから、三十分ほど休もう。妥当な休憩だ。

ソファに身を投げると、背伸びをした。携帯をいじって、三十分後にアラームを設定する。寝るかな、と腕を目元に当てて光を遮ると眠った。

春だから風邪はひかないでしょう。疲れていたのか、案外あっさりと眠れた。





「…たしか、ここでしたね」

日向さんに聞いたところ、速水君はここを借りていると聞いて、とある扉の前で止まった。二、三度ノックをしたが……返事がありませんね。

せっかく時間を作って練習でもしようと思いましたのに。もう居ないのでしょうか、いや、まだ鍵は返ってきていないようでしたし…。

こんなことなら、連絡先でも聞いて先にメールでも送っておけばよかった。

何となく、意地から連絡先を交換してないことを悔いた。とりあえず、今日にでも交換はしておきたいものだ。

「…入りますよ?」

集中していて聞いていないのかもしれない、ならば勝手に入らせてもらおう。そう決めるとそっとドアノブをひねった。中に入ると…速水君の姿は見えない。おや、と思って辺りを見回すと……ソファの上に誰かが寝転がっていた。小さく寝息を立てている。

「もしかしなくても……速水君ですね」

まったく、レコーディングルームで堂々と眠りますか。しかしサボっていたようではないようですし…。ふと机の上のPCに目が行く。スリープモードを解除してみれば、作りかけの曲がそこにあった。

広げっぱなしのノートには、いろいろなことが書いてあって、真剣につくっていることがわかる。何度か教師に見せてるのだろうか、何小節目、どこがおかしい、など詳しく書いてある。

少しばかり、感心した。私のパートナーはそれなりに努力をする人のようだ。曲の仕上がりが非常に楽しみです。

しかし…眠っているとは。

ジト目でソファに眠る速水君を見てると、突然机の上の携帯がけたたましくなりだした。びくりと肩を震わせる。何事かと思えば、さらに驚いたことに速水君が飛び起きるではないか。

「休憩終わりだ!さてやる………ぞ?あ、あら?」

私を見てポカンと阿呆らしく口を開けていた速水君は、やがて、ハッとした様子でソファの上に正座をした。

「一瞬夢かと思いました。なんかみっともないところを見せてすみません。…何用で?」

「ああこちらこそすみませんね。その…一応、といいますか、打ち合わせというものに来てみたのですが」

「……。あ、あの……まだ私寝てたりします?」

「いいえ、起きてますよ。おはようございます」

「あ、お、おはようございます」

ぺこりと頭を下げた速水君は、ようやく立ち上がると髪を撫でつけながらこちらに走ってきた。何となく嬉しそうな表情で。

「まさか一ノ瀬さんからわざわざ来ていただけるなんて。ありがとうございます!まだ完成すらしていないのですが、大体の曲の雰囲気は掴めているんですよ。えっとですね……あっ、いけね。一ノ瀬さん、とりあえずその椅子どうぞ。私むこうから椅子引っ張ってくるんで!とりあえず聞いてみてくださいよ」

一息でそれだけを言い切ると、椅子を引いた。どうぞ、と手振りで示され、これは座らないとこの人は動かないと思い、ゆっくりと腰掛ける。

「……ふふっ、一ノ瀬さんが来てくれるなんて、どーゆーことでしょう」

独り言のつもりでしょうがしっかり聞こえてますよ…。

「でもまぁ、アレさえなけりゃあ……嫌いじゃないですし……なぁ」

…アレ?アレとは何でしょう。

そっと眉をひそめていると、いつの間に隣に来てたのか、速水君が私に声をかける。

「それじゃ、流してみますね。まだ未完成だし、ラフをちょっとなぞったくらいなのでアレですけど」

カチカチとしばらくPCを操作して、ふっと流れだした曲は急激にとは言えないがあれからさらに進歩した曲だった。

この人は、教えれば教えるほど吸収できるタイプなのでは、と密かに思う。前に確か、独学で音楽をしていたとも言っていたし、筋は悪くないのかもしれない。

これからの成長が楽しみになり、ひっそりと微笑んだ。







ど、どういうことでしょうか…あのっ、あの一ノ瀬の野郎がレコーディングルームにやってくるなんて!

あまりの衝撃に、一瞬息が詰まってしまったではないか。しかし流石私。慌てず騒がず、冷静に対処しておきました。独り言が漏れたが気にしない。きっと聞こえてはおるまい。

曲を聴き終わった一ノ瀬は、なんとなく満足そうな顔に見えた。そのあとは一ノ瀬に作曲のコツを教えてもらい(なんだかんだでそれも学んでいるらしい)おかしいところの補修をしながら一ノ瀬と会話をした。内容はもちろん、すべて音楽のこと。それ以外のことで話があうとは思わないしね。

口を開けばイヤミしかでない両者が、珍しく喧嘩といった喧嘩(私が一方的にふっかけてる)にならずに音楽をやっているとは…。レアだ。

終わり間際に歌ってくれるらしく、その宣言通りに歌ってくれた曲は、自分の曲とは思えないくらい綺麗になっていた。一ノ瀬の声も、地味な進化をしていて、さすがに待ってちゃくれないか。と肩をすくめた。

私が今、一ノ瀬のレベル地点に立ったとしても、一ノ瀬は私の先を歩いている。私が一ノ瀬を目指して走ったらやつはさらに走り出す。

待っててくれないって、こういうことか。

競争激しいだけあるな。と思って…。でも、いくら帰ることにかわりはなくても、ここで諦めてぐだぐだ過ごすよりかはかなり有意義な時間を過ごせるだろうな。

むこうの世界に帰ったら、楽器でも習い始めようかな。あはは。


あ、驚くことがあったよ!一ノ瀬が、別れ際にメアド交換しようって言ってきた!まぁどうせ今日みたいなときにすれ違いを防ぐためだろうけどね!

私から言い出そうとしてたのに、こんなところでも先をこすのか……。くそぅ、一ノ瀬を超えたいなぁ。

しみじみと思った今日なのでした。



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一ノ瀬、心を開くの巻。
12.12.15






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