ひとつのうた 「………っ!?!?」 「…どう、も」 扉を開けた瞬間、一ノ瀬はあげかけた悲鳴を飲み込んだ。ちょっと面白い顔を見れたから嬉しいです。 どうも速水真白です。片手にファイル、片手に紙袋を携えて一ノ瀬の部屋の前で待機してたのです。音也に協力してもらって、一ノ瀬の起き出す頃にメールをもらい、警備を振り切ってげふん説得して扉の前で待機してたのです。 「貴方はここで何をしているのですか」 「朝早くに申し訳ありません。……昨日はジャージ……ありがとうございました」 ん。と紙袋を突き出した。中には洗濯済みのジャージが入っている。女子ならクッキーでもと差し出すところなのだろうが残念、そこまでしてやるほど一ノ瀬を好いてはいないので。 「それと曲ができたから聞いて欲しいんだよね。……真剣だから。聴いて」 受け取った紙袋の上から、押し付けるようにファイルを突きつけると、それじゃあね。とダッシュで逃げた。これ以上彼の冷たい視線にさらされたくはないのです。 (むりむりむりむり〜〜〜!!!私頑張ったよ、私、一ノ瀬にファイル渡すの頑張ったよね!) 女子寮に戻って自分の部屋の布団にダイブすると、一息ついた。これでもしブーイングでもあれば私は立ち直れないかもしれない。とりあえず自殺はしないように気を付けよう。紐と刃物はしまっておきましょうかね。うん。 「…っと、もうこんな時間」 枕元の目覚まし時計を見て、ベッドから這い出ると鞄を握った。手ぐしで軽く髪を整えてダッシュで教室に向かう。扉を開けると七海がにぱっと笑いながら挨拶をしてくれた。 「で、アンタ曲渡せたの?」 鞄を置くなり唐突に聞いてくる渋谷に、ぎこちなく頷いて返事を返す。 「一応……渡せた、扱いでいいと思う」 「は?」 「……押し付けてきちゃった」 あは、と白目でピースをすると肩をひっつかまれてガクガクと揺さぶられる。痛いと抗議するが問答無用で首を絞められた。 「ほんっとうっにっ!渡してっきたんで、しょうっ、ねっ!!」 「は、はいー!わ、わたせましたー!」 アクセント付きで暴力行為に走る渋谷に、走馬灯なるものを見た。 「……曲、聞きました」 私は放課後、一ノ瀬に呼び出されてレコーディングルームに居た。二人して椅子にも座らずにらみ合うように対面している光景は非常にシュールなものだと思う。ドキドキとうるさく高鳴る心臓に落ち着けと言い聞かせながら、こくりと頷く。 「あれが、今の私のすべてです………」 「単刀直入に言います」 ごくりと唾を飲む。これから言われる一言で、ある意味私のこれからが決まる。 うわ、手汗かきはじめた。 「何故、最初からこれをしなかったのですか」 「…………え、」 あっけなく言われたそれにポカンとしていると、手に持っているファイルをペラペラとめくりながら呟くように言う。 「それなりのものを持っているじゃないですか。まぁ、私に言われてやる気を出すようではまだまだですがね」 「な、な……。つ、つまり?」 「合格、と言っているのですよ」 ニヤリ、という笑みと共に放たれたその意味を理解すると同時に、私は拳を握り締めた。いわゆる、ガッツポーズをする。 「私、正直あの歌声を聴いたとき、私じゃ無理なんじゃないかって思いました。この人に釣り合うものを作るのなんて、まず出来ないだろうって」 「……」 「でも、できましたよ。友千香に悩み、相談しました。春歌に曲のつくり方、教わりました。図書館行って、一から音楽について学び直しました」 今でも鮮明に覚えている、あの時の努力。ただ認めてもらうためにここまでやるのか、と昔の私だったら鼻で笑っただろう。だけど、あの悔しさを無理やりバネにして努力してみた。 努力って、悪いもんじゃない。 「これで、私と曲を作ってくれますね」 そうでしょう。と聞くと、一ノ瀬はどこか嬉しそうにそうですねと言った。 「では、正式にパートナーになった貴方に……」 「はい」 「……この曲、いくつも甘いところがありますよ。これからいいますので全て書き留めておくように」 「はっ、はい!?」 ぽん、と放り投げられたファイルを受け止めると早速とばかりに椅子に座った一ノ瀬は一枚目の楽譜から切り込み始めた。 「聞いているのですか?」 「すっ、すみませんんんんん!!!」 慌ててペンを取り上げると言われたページに文字を書き込んでいった。それから、どれくらいの時間が経っただろうか。それなりにチェックも終わり、持ってきていたデータで打ち込みの修正も行った。 時計を見ると、七時。こんな時間までやっていたのか、と呆れると同時に……今まで感じることのなかった充実感を感じた気がした。 「どうですか。ある程度曲のつくり方は把握出来たと思います。卒業オーディションに向けての曲作り、頑張ってくださいね」 「はいっ、任せてください」 「……ふっ。貴方は……私が思っていた以上に熱心な方ですね」 「ん?何か言いましたー?」 ガサガサと紙をいじる音でよく聞こえなかったので聞き返してみたが、意味深な表情をするだけで何を言ったかは教えてもらえなかった。 むぅ、と頬をふくらませていると一ノ瀬が突然立ち上がってブースに向かう。 「この曲なら、歌って差し上げてもいいですよ」 「んな!?相変わらず上からの言い方っ…」 「いえ……歌いたい、のでしょうか」 「うっ」 つくづく彼は卑怯な人間だ。そんなことを言われればオーケーを出すしかないじゃないか。 曲が流れて、一ノ瀬が歌いだした。 それは、あの時とはちょっと違った、歌うための歌だった。 ―――――――――――― という話。一ノ瀬優しいナー。 ちょっとだけマシな技術力を確保できた夢主ちゃんでした。 12.12.05 ← |