悩み

「曲、聞かせてもらいましたけど……全然ダメですね。なんですかこの削りのあらいメロディーは。君は私をなんだと思ってるんですか」

ハヤト。根暗ちがうストイック。ぼちのせ。

とは言えずに、己の拳の震えを見なかったことにしてすみませんと頭を下げる。

「謝るくらいなら曲を作ってください」

「…じゃあ、歌って見せてくださいよ。資料だけで作れなんて、プロならまだしも私に出来るわけないでしょ」

「そのプロになるためにここにいるのでしょう?」

「ものには順序があります。天才、秀才ならまだしもそれなりの才能しかない私に、チュートリアルをカットして突然プレイしてこいなんて言われても困りますね」

「では、そのチュートリアルをしてさしあげれば……できるのですね?」

「…は、」

「君はそう言いたいのでしょう?ならば歌ってあげましょうか」

それからは私が止めることもなく、私が無理やり引っ張ってきたレコーディングルーム内のブースに入っていく。私の作ったラフのCDをかけるように言われ、相変わらず上からな態度にムカムカしながらも曲を流す。椅子に座りヘッドフォンをつけて待機した私は、次の瞬間ヘッドフォンから流れてきた歌声に目を見張った。

「……うそ」

自然と言葉が口からもれる。

CDは今日の朝、プレイヤーとともに渡したばかりだ。それを放課後の今、音も外さず歌えるレベルまで上げたというのか。それなりに歌いやすく作ってみたにせよ、それなりの技術は盛り込んだつもりだった。

負けた。いや、最初から勝てるとは思っていないが、これほどまでとは。

"あ"だけで構成された歌詞なのに、完璧に私の歌は"歌われている"状態だった。全然光らせてあげられていない。私の曲のせいで、一ノ瀬という人物がもつ光がくすんで行く気がした。そんな錯覚に陥った。

「……くっ」

つまり、とてつもなく悔しかった。

無表情のくせに、どこか得意げにブースから出てきた一ノ瀬は、ヘッドフォンを握り締めたまま何も言わない私を一瞥し、レコーディングルームを出て行った。

彼は、これほどまでの人物なのだ。

これをバネにして。なんて言えやしない。言えないほど完膚なきまでに叩き潰された気分だ。バネが跳ね上がるための土台が、ぐずぐずと崩れていく。バネが二つに折れる。伸びきって、使い物にならなくなった気がした。

やっぱり、所詮は一般人の私にこの世界は無理があったのだ。意気込んでみた。必死に勉強してみた。でもダメじゃないか。そりゃそうだ、私は倍率何百もある受験をくぐり抜けたわけではない、お情けに近いなにかで入学を許された身。

ゲーム内のヒロインとは似ても似つかない存在だから。

ゲーム内のヒロインは、長い長い物語の中で成長を見せる。最初は釣り合わなくても、最終的に開いていた間を埋めてしまえるくらいの成長をする。平凡ではない、非凡であるからヒロインになるのだ。

「それに比べ、私は………。私はっ……!!」

取り出したCDを叩き割る。指を切ったけど、気にすることはなかった。粉々にくだいて、いっそのこと自分も元の世界に戻ってしまいたかったけど、それができないのが事実。あまりにも重すぎるこの世界をまざまざと見せつけられた気がして、なにかにあたりたいと思った。この、自分でもどうにもできない苛立ちと劣等感を誰かに何かにぶつけたい。CDをゴミ箱に捨てて鞄を乱暴にからった。

戸締りをして鍵を返却すると、その足で図書館による。音楽の初歩の初歩である本を数冊、借りた。





あれから一ヶ月が経った。あの日以来、一ノ瀬との会話はない。彼が意図的に避けてるのか、それとも私が無意識に視界に入れないようにしているだけなのか。

私はあの日から、何度か挫折しそうになりながらも作曲というものについて学んだ。何か楽器でもやれば意識が変わるかも、と昔ちょっとだけやってたピアノをもう一度弾き始めた。少しだけ音感が良くなった気がした。

全ては一ノ瀬と並ぶため。そして追い越すため。大それた夢だと思うなら笑えばいい。私だったら笑ってただろう。でも今の私は久々にマジだった。しかし、不調はすぐに訪れる。

「……真白、最近、顔色悪いよ」

「友千香…?えーそうかなぁ。これがデフォだって言ったら信じる?」

「信じない」

「あっそ。ですよねー」

じゅるじゅる、と紙パックのみかんジュースを飲みながら笑った。

「あんさー、友千香」

ちら、と片目で彼女を見ると、同じくみかんジュースを飲んでいた。自販機の横に陣取って会話する二人はさぞ迷惑であろうが、今は人は居ないので問題ない。

「私、わかんねーよ。曲作るって、何?自己満足じゃなくて、誰かのために曲作るとか、ほんとわかんない」

「……それがあんたの悩みってわけ?」

「遠回りしたら悩みに直結するけど、それが大元ってわけじゃない」

「ふーん。ややこしい」

「あは、ごめんて」

ジュースが半分まで減った。ストローから息を吹き込んだり、吸い込んだりしてベコベコと遊んでたら渋谷に行儀悪いって怒られた。

「あたしには、残念だけどその悩みってわかんない。アイドルコースにはアイドルコースの宿題みたいなのがあって、その答え探すのに精一杯だもん」

「友千香も、悩んでるの?」

「ぜんっぜん。あたしは、あたしの目指すものに成りに来たんだから、悩むなんてもったいない。そりゃわかんないことだってあるよ?だけど、あたしなりにぱぱっと解決しちゃうってか、そんな感じ」

「友千香、かっこいー」

渋谷はしっかりとした意思があるようだ。正直、羨ましい。私はなんの目的もないままここに居る。それでいいわけがない。

悩みは一つ。イレギュラーである私がここにいる理由だ。ここにいていいのか。私にはプロになりたいっていう夢もないし、実力もない。なのに、デビューのみこみがあると判定されてるAクラスにいる。BクラスやCクラスでは、全力で頑張ってる人だっているのに。私は何してんだ。

曲を作りながらずっとそればかり考えてた。一ノ瀬の歌を聞いた時から、自分の存在理由がわからなくなってしまったようだ。彼と釣り合うのはSクラスの中でもひとにぎりの人間、もしくは七海春歌。例外は、無い。

考えれば考えるほど泥沼にはまっていくようで、作る音は日に日に暗いものへと変わっていった。月宮センセにも心配された。七海には怖いくらい気にかけてもらってた。信号機どもも、はっきりと口には出さないが、気遣いの色が見て取れる。

スランプだ、と笑えば納得しないような顔で、でも頷いていてはくれたけど……。

七海が何かで成功するたびに胸が痛む。スキルが上がるたびに、嬉しそうな顔を見て苦しくなる。知ってる、醜い嫉妬だ。これほど消えてしまいたいと思ったことはない。

「……ね、真白。その悩み、一度保留にしちゃいなよ」

「………え?」

「悩んでも答えは出ない。でもバッサリ切り捨てられるほど浅い悩みでもない。だったら、しばらく時間を置いてみなよ。意外とあっさり答え、出ちゃうかもよ」

「時間を、おいてみる……?」

「そそ。だからね、悩むの一回やめちゃえ。でも放置しすぎるのもアレだから……。ほら、何かをどこまでやったら答えを出そう、もう一度悩もうっていうラインをつくりなよ!」

彼女の言葉を繰り返して呟く。言われてみれば、それもアリなのかもと思った。ばっと顔を上げると、渋谷が嬉しそうに親指を立てている。ね!と綺麗なウインクが飛んできた。

「……そう、そうだね。そうしてみることにするよ。ありがと……友千香」

残りのジュースを飲みきってしまうと、ゴミ箱に叩き込んでから背伸びをした。ぱっと勢いよく持ち上げた手を落とすと、一度頷く。

「まだ若干モヤモヤは残るけど……行ける気がしてきた」

「気にしないで。さて、おごってもらったジュース分は働いたよ」

「あは、ありがとさん」


気づけば、久しぶりに本当の笑顔を浮かべた気がした。



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夢主、悩む。
彼女にだってきっとモヤモヤあるはず。
トリップして、平凡並みの才能でトキヤのパートナーとか。ただの鬼畜。

12.11.26






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