月を纏って


同日。少女は異国の街を飛び回っていた。とあるものを追って。

「くそっ、悪魔風情が!」

少女、四季は悪態をつきながら夜の街を駆け抜ける。追うは、目の前を優雅に走っていく嫌味な商売敵、悪魔という生き物だ。

落ちた魂をようやく見つけたと思ったら、すでに悪魔が拾った後であった。その場に丁度でくわしてしまった四季は、ほぼ反射的に悪魔を追った。すぐに終わり帰れると思い、病室の彼との逢瀬を密かに待ち望んでいたので舌打ちが出てしまうのはしょうがない。

「もう最悪だよ、死ね悪魔!悪魔野郎ッ、早く消滅しろ!魂置いて!」

叫んでしまうのも、しょうがないと言える……のだろうか。

ちらりと時計を見ると、向こうの時間ではもう10時をすぎてしまったところだ。窓を見続け自分を待つ少年の姿が浮かんできたが、いやいや、と首を振る。別に残りの少ない少年なんてどうでもよいではないか。

自分は死神だ。人間なぞに時間を縛られることはあるまい。

そう考えると口元をゆるめ、次の瞬間には病気の人間の存在などきれいに忘れ去っていた。

「悪魔に神の鉄槌を……」



結局、低級悪魔だったこともあり、追いつくやいなや魂を取り戻した。しかしその頃の時間は向こうでは深夜2時。今から向かっても無駄だろうと思った四季は、けれど申し訳程度に病室へと顔を出した。

死神はその気になれば壁抜けをできる。この辺だろうという場所で見当を付け、するりと病室に潜り込んだ。窓に腰かけ、月を背景に翔を見つめる。

ほのかな、けれど出会ったときよりはるかに明るく満月に近くなってしまった月の光が翔を照らした。青白く感じる肌以外は健康そのものにしか見えない。けれど自分は知っている。彼の命があと3日、それどころか日付はすでに変わってしまったため残り2日となってしまったことを。

涙のあとが見える頬に手を添えると、するりと撫でる。

「……待ってたんだね。ごめんね」

そんなありきたりな言葉しか出てこなくて、悪魔を追う最中、一瞬でも忘れてしまったことが申し訳ないと思う。

「オマエにとって、貴重な一日……。知ってるか?オマエ、もうすぐ死ぬんだぞ。それなのに、なんでそんな一日を私のためだけに割く」

人間の思考回路がわからなくて、死神は頭を悩ます。来るかどうかすらわからないモノを何故、発作で倒れるまで待っていたのか。

もし自分が逆の立場ならどうするかをふと考え、首をひねった。でも、そのうちに嗚呼とひとり納得する。

「そうかもしれないね。私も」


いつか、誰かが言っていた。死ぬ前には人恋しくなると。

いつか、誰かが言っていた。死ぬ前には無性に人を求めると。

いつか、誰かが言っていた。それに答えたくなるのが死神だと。

いつか、誰かが言っていた。前者二つで無い場合は、死神にいらない感情を持っていると。

いつか、あの人が言っていた。


それは、恋であると。




「こ、い……?」

言葉に出すと寒気がした。とても恐ろしい感情のように思えてしょうがなかった。まさか自分が、と思って身体が凍りつく。でもどこかで納得できるようなものがあった。

夜をそれほど好まない自分が、翔に会うためならば眠い目をこすってでも病室に行き、眠くても翔の言葉一言一句聞き逃すものかと耳をすまそうと努力したり。立つ頃には眠くて眠くてふらふらで転移に失敗しようともそれほど苛立たたなかったりとか。

「私は知らないぞ。こんな感情など」

戸惑った表情で告げた四季は、しばしうろたえてからおもむろに転移をした。結局失敗して、悲鳴を上げることとなるのだが、その悲鳴は今日は一段と大きなものであったそうだ。


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恋ってナンデスカ。
12.07.28



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