遠い夢 「そういえば、オマエ、将来なりたかったものとかあるの?」 「なんだよ、いきなり」 パイナップルを素手でむくのを、唖然とした目で見ながら翔は首をかしげた。丸ごとかぶりついた四季は、垂れてくる果汁を手の甲で拭いながら、んー、と音を出す。 「魂搜索でたまたま下を歩いていたとき、一人の女の子が、あ、イギリスでのことなんだけどね、花屋さんになりたい!って言う子を見つけたの。可愛いなぁ〜って思ったらオマエの顔が浮かんで、」 「おい、嫌味か」 「それで、帰ったらオマエに聞こうかなぁ、と思って」 途中、ツッコミをスルーして言い切ると、設置されてる水道で手を洗った。所持していたハンカチで手を拭きながら戻った四季に、ぽつりぽつりと語りだす。 「俺さ、アイドルになりたかったんだよ」 「あい、どる?って、あのテレビとかに出てる?」 「他に何があんだよ」 「イイエ、スミマセン」 「で、そのアイドルになりたくて、必死に勉強した。早乙女学園っつー場所があってさ、そこがアイドル育成学校なわけ。そこに入るために、そこで学んで、やりたいことやるために俺は勉強した。でも……」 そこで翔の瞳が暗い色を帯びた。 「試験が近づいてきた頃、俺の体調に変化がみられたんだ。そこで俺の夢は断念。こうして療養中。でもそれも無駄に終わるみたいだけど」 肩をすくめて四季を見た。四季は表情もなにもない無機質な顔で翔の話を聞いていた。 「で。それでも俺はアイドルになりたかった。受かれたかもしれない、あの日、試験だけでも受けとけば。……俺、昔に憧れたのがケン王なわけ。そういうドラマっつーか、こども向け番組があったんだけど。その主人公である日向さんに惚れたんだ。で、アイドルを目指した」 「…」 「……こんなところで、俺は死ぬんだな」 すでに全てを諦めた目。しかし、その中に、いまだにくすぶる光を見た気がした。四季はハッと息を呑む。それを悟られないように、またすぐに表情を消した。そして口を開く。 「…私には、死神にはそういう感情はわからないけれど……。そういう死神が言うには薄っぺらい言葉に聞こえるかもだけど…………。私、そういう目的を持って生きてる人、素敵だと思う。素敵な夢、だと思う」 四季は戸惑いつつ、頭を撫でる。暗い目が四季を移した。 「死神には夢なんてない。出世とかそういう制度ないし、死神は皆平等。前言ったように、親にすらなれない。結婚とかもない。好きとか、そういうこともほとんどない。だから、…………時々、無性に人が羨ましくなる。そして、輝いて見える。オマエはさ、ほんと眩しいなぁ。目が焦げ付きそうだ」 大人しく頭を撫でられていた翔は、その手を掴んだ。そっと唇を寄せると手の甲に口付ける。行為の意味がわからず、四季は首をかしげた。 「そうか。お前は、これの意味すらわからないんだな」 翔の目には相変わらず、光を見出すことができない。その後無言のまま、時だけが過ぎていった。 「死神に、感情なんていらないんだよ」 もやもやする感情の意味がわからず、冷静になるための呪文を呟いた。呪文と言っても、勝手に四季が言っているだけなのだが。 翔は違うと首を振る。 「死神だって、感情は持っていいと思うよ。たとえば、」 リンゴと蜜柑を見せて、どっちを食べたいか問いかける。四季は蜜柑を指さした。そのまま皮をむいて食べる……ことはせず、それを握った手の中で弄ぶ。 「どうして、それを選んだの?」 「よく食べるから、」 「どうしてよく食べるの?」 「美味しい、から」 「美味しいから食べたいんでしょ?じゃあ腐った蜜柑だったら食べられる?」 「食べられるわけ、ないじゃん。美味しくないし、嫌だ」 「ほら、あった」 翔はニコリと笑うと四季の手を取る。持っていたリンゴをカゴに戻すとその手を慈しむよう何度か撫でた。 「嫌、とか、美味しい、とか。感情あるよな。それだって立派な感情だろう?」 「オマエ…………」 四季はふっと口元をほころばせた。いつも見せてる笑みとは全く違う、とても柔らかい笑みだった。 「オマエ、本当眩しいよ…………」 呟いた四季は、太陽を見てるかのようにすっと目を細めた。 ―――――――――――― 結論→来栖氏は眩しい。(ェ 12.07.20 |