夜明けの話


「来栖、翔。翔でいい。15歳で双子の弟、来栖薫ってのがいるんだ。なかなかいい弟だぜ。………俺が止めなければ学校を休んでずっと看病しそうなヤツだ」

「いい弟さんね」

「ああ。自慢の弟さ…………お前は?」

「遠野四季、同じように四季でいいよ。年は人間で言うところの15ね。死神には家族なんていないんだ。うーん、生んでくれる人はいるんだけど、そういう親とか兄弟っていう概念はないかなぁ」

お互いで簡単な自己紹介をしたところで、翔は眠そうな目をこすりはじめた。四季はくすりと笑うと、立ち上がる。

「そろそろおやすみ。無理はいけないよ」

「でもっ、……っ!がっ、げほっげほっ」

「オマエっ!?」

「だいじょ、ぶ………っ、っはぁ、はぁ」

身体を折り、苦しそうに咳き込む来栖に駆け寄った四季は真剣そのものの表情で背中をさすった。しばらくして、少し楽になったのか四季の手を拒む。

それでもまだ苦しいのか、時折咳き込みながら翔は切な気に笑った。

「ごめん、な。俺、超格好わりぃ」

「…そうだね」

四季は、嘘はつけないというように頷いた。翔は傷ついた顔をしたが、素知らぬ顔で言葉を吐く。

「でも。人間なんて皆そう。見た目じゃない、生き方でもない。病気に苦しむのは誰だって格好悪い。だから…その、気にするな。私はそういう人間を何度も見送ってきた。そんな中でオマエは……強いぞ。光り輝いている。初めて人の死を、美しいと思えた」

だから、気にするな。ともう一度だけ呟くと、子供にするそれのように翔の頭を撫でた。

「……なんだそりゃ」

翔は戸惑っていたが、次第に笑い始めた。四季は何故笑われたのかわからないというように肩をすくめる。今のは、四季の本心だ。

何人も人を看取ってきた中で、死神だと名乗った際、寿命を伸ばしてくれと懇願してくるものもいれば、殺そうと刃物や花瓶を投げつけてくるものも居た。死神を傷つければ死の国で酷い扱いを受けるというのに。たしか、死神を殺した人間もいたが、寿命が伸びたのはわずか三日で、その後四季も駆り出されてその人間に制裁を加えに行った。

死神の敵は、近しい一族全員で行われる。怒り狂った死神の手によって、見るも無残な姿に変えられていく人間を、無機質な目で眺めていたのを四季は覚えている。あまり、人間に関心の無かった時代の話。

「なぁ、次はいつ来てくれるんだ?」

「オマエが願えば、いつでも」

「ひとりぼっちだから、ずっといて欲しい…ってのは欲張りかもな」

「オマエの家族が様子を見に来るだろう?一人というのは……こういう夜だけなのではないか」

「俺の弟は寮生活でさ、こう、俺、元気だから俺のとこに来ないで安心して勉強してろ、と言ってるんだ。俺の両親はなんだかんだで有名だからあんまり顔出せないし。だから基本、誰も来ねぇよ」

ははっ。と笑うと翔はぱふんと布団に倒れ込んだ。毛布を引き上げると四季に背を向けるように壁の方を向いて丸まった。

「来るのは、お前の気がむいた時でいいかんな……。俺、そろそろ眠るから。ごめん」

四季が何か言うより早く、すぅすぅと穏やかな寝息が聞こえた。はや。と一言呟くと、立ちっぱなしだった四季は翔の頭に手を置いた。二、三度撫でると聞こえるか聞こえないかの声で囁く。

「私は、オマエの望みを聞き入れよう。また、昼に顔を出そう。…………辛いんだな。人間の感情はよくわからないが、オマエが辛いのだけはわかった。最初は一週間、何もせずに見てるだけのつもりだったが、気が変わったよ」

ふっ、と小さく息を吐く。

「私の一週間を、オマエにあげるよ」

だから、残された期間をひたすらに生きろ。

無言でそう伝えると、四季はもう一度頭を撫で、音も無く闇に溶けた。





「あだっ」

扉の外で聞こえた悲鳴に、翔はくすりと笑った。きっと四季は、自分が寝たふりしてるのを知っていてあんなことを言ったんだ。病院の清潔感溢れるシーツを握り締めながら唇を噛む。

正直、自分の命が一週間と知らされたときは正気を保っているのに必死だった。誰だって死ぬのは怖い。果てのない旅に出るようなものだ。

「それにしても、ホントに新米なんだな。……言ってること、すごい大人なのに」

ぶつけた場所をさすりながら歩いていく姿を想像すると、今度はくすりなどという上品な笑いじゃ堪えきれずに、ぶはっ、と噴き出す。

本人がこの場に居れば、ひどい!などと叫ぶだろうが幸い、御本人は病室を去った後だ。

寂しくないんだな。と呟くと、今度こそ翔は眠りの世界へ旅立った。


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薫氏は全寮制の学校なのかな…?
そういう設定がいいなぁ。
想像が溢れ出すのでこのままできる限り連続投稿いくか。
12.07.17



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