夜、白き部屋にて


「あだっ!!」

着地失敗。ゴスッと嫌な音がして、次の瞬間、背中に激痛が走った。普通なら背骨が折れててもおかしくないのだが少女―――遠野四季はすくっと立ち上がると服についた土を払いつつ夜の闇に紛れ込んだ。コツコツとコンクリートを打つ靴の音だけが響きわたる。

彼女は結論から言おう、人ではない。死期の近い人間の魂を回収することを仕事とする死神というものだ。並外れた身体能力、死神の象徴となる真紅の瞳に、形はそれぞれだが魂を狩るための道具。人にまぎれて暮らすことなく、人が知らない空間で普段は生活をしている人ならざるもの。それが死神。

様々な年代の死神が居る中で、まだ若い四季は、年齢的にも能力的にも新米と言われるレベル。先ほどの失敗した着地がそれをものがたっているだろう。

目を隠すほどもある前髪を少し鬱陶しそうにつまみ上げたが、気にすることなく腰までの後ろ髪だけを手早く縛った。夜の病院は静かで、気味が悪い。四季は死神のくせに怖がりらしく、何か音がするたびに肩を震わせていた。

ようやく目的の場所についたのかぴたりと足を止めた四季は、すんと鼻を鳴らす。そして、ぱっと花のような笑みを浮かべた。

「やっと見つけた…」

四季の声には嬉しさの中に若干の疲れが見えていた。特定の人を探すために普通じゃありえない時間……一週間を費やしたのだからそういう反応もするだろう。

一人部屋なのか一つしかないネームプレートを、間違えてないよね、というように何度も見返してから、扉に手をかける。四季はそっと病室へ入った。

深夜二時。草木も眠る丑三つ時と言われるほどだから起きては居ないだろう。そう思っていた四季は、身体を起こして窓の外を見つめている少年を見て足を止めた。すぐに下がろうとしたが、少年が振り向くほうがやや早く、

「誰……?」

怪訝そうな声が降ってきた。四季は観念して病室に入ると扉を閉める。死神には、正体をばらしてはいけないという掟はないため、素直に名乗る。

「はじめまして。私は…その。貴方の魂を回収しにきた、死神です」

中途半端にかけた、それでも明るい月のおかげで、少年の顔はハッキリと見えた。なかなかに整った顔で、少しだけ四季は少年の魂を狩ることを残念に思った。

「そう、か」

少年は取り乱すかと思いきや、悲しそうな笑みを浮かべてそうつぶやいただけだった。

「叫ばないの?もう少し、生きたいって思わないの」

「いいや。どうせ…わかってたことだしな。それで、俺は今日死ぬのか?」

「ううん。貴方が死ぬのは…一週間後、満月の夜よ」

「結構、時間あるね」

少年は、おいでよ。と手招きすると四季をベッドの傍に置かれている椅子に座らせた。四季はこのような対応をされたことがないので、やや戸惑いつつそれに従う。

「時間があったのはごめんなさい。私……その、新米っていうか、落ちこぼれな死神だから転移とか慣れてないの。さっきも背中打っちゃって」

あはは。と頭をかくと、少年もくすりと笑った。そして、身を乗り出すと何もかも見えてないようなよどんだ目で優しく言った。

「一週間あるんだったら、俺が死ぬ日まで話し相手になってくれよ」

あまりにもその目が寂しくて……。四季は気が付けば、ぎこちなく頷いていた。

「ありがとな。俺は……来栖翔。君は?」

「え、死神だけど……」

「違うよ。名前を教えて欲しいんだ」

ちょっとむくれた顔で言った少年に、四季は少なからず驚きを覚えながら、どもりつつ名乗った。

「名前を求められたの……はじめて。私は遠野四季。その……よろしく」

深い夜の中、二人は出会ったのだった。


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え……誰、来栖氏。

結論→来栖氏が誰おま状態。
12.07.17



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