ルートAの事情、ルートBの事情。


「ぐっ……がはっ」

咳き込みの音を少しでも小さくしようと添えた手。その手にぬるい何かがはりつく。見なくてもわかっていた。これは自分の血だということが。

「ほんと、に、長くないみたい………」

自分の部屋に戻った四季は、もう片方の手で前髪をかきあげるとついでに汗を拭った。全身から信号が出てる。

もう長くないよ。

もう長くないよ。

もう生きれないよ。

もう生きれないよ。

ねぇ、生きたい?

ねぇ、生きたいんでしょ?

どうすればいいかわかるよね。

解るよね。

簡単だよ、飲めばいいんだよ。

さて、何をでしょう。

くすくす、簡単だよ、飲めばいいんだよ。

さて、何をだと思う?

くすく――

「黙れっ!!!!っ、だま、れ…………」

くすくす。

叫んでも身体からの言葉は途切れることなく四季の吸血鬼としての本能を呼び覚まそうと躍起になる。それを無理やり押さえつけていたが、やはり限界はあるようで、先程の吐血がそのことを物語っていた。

昨日のやつ。気を抜けば本当に音也の血を吸ってしまうところだった。ボロボロになった理性が、すんでのところで四季をとめていなければ、どうなっていたかはわからない。

とりあえず、死ぬための方法をみすみす殺してなるものか。

自殺というものができない吸血鬼は、本当に不便だ。

四季は自嘲気味に笑うと立ち上がる。顔を出さないと音也が訝しがる。昨日の今日で顔を合わせるのはためらわれたが、明るいやつのことだ、アホなやつのことだ、きっと忘れてるだろう。

もしあれがフリだとしたら尚更。

「触れるのを、遠慮してくれるだろう」

短い期間で練り上げられた音也像を勝手に本物の音也に押し付けた四季は、少しの罪悪感とともにいつも集まるリビングへと向かうのだった。


「おはよう、ハンター君。今日もいい夜だね」







どういうことだろう。なんで四季はあんなこと。いきなり襲いかかってきた。なんで、殺してほしいと願うのか。

音也はわからなかった。普通は生きたいと思うのではないか。いや、そう思うのは人間だけかもしれない。だけど……。尽きることのない疑問に音也は苦しむ。

それと、一番理解できなかったのが…。

「なんで、血を飲まなかったんだ」

飲むことを拒んでるように見えた。誰が飲むものかと、自分にブレーキをかけて理性が崩壊しようと、その時ある手段全てを使って何がなんでも抑えようとする。そんな行動の意味が音也には分からない。

「吸血鬼って、血を飲まないと、ダメなはずだろ……なんで、四季はそれをしない?」

よく考えれば、日に日に四季はやつれているように見えた。最初見たときから顔色が悪かったから、こういう吸血鬼なのかなと思ってはいたが、違ったようで、悪い顔色がこの数日でさらに悪くなってる気がする。そろそろ死んでもおかしくはないんじゃないか?と何度か見ていて思ったほどだ。

アレは…四季は死になぜ、それほどまで執着するのか。もう残りの日数は少ない。本当に自分は四季を殺していいのだろうか。それが本当に正しいのだろうか。

それを判断するにはまだ材料が足りない。四季はなかなか頑固というか、慎重派なようでいくら音也が馬鹿なふりをしようと情報を漏らすことはない。これでは理由なきまま四季を殺すこととなってしまう。焦った音也が漏らした、殺したくない。という発言は、ここに来て久しぶりの本音だった。

殺したくない。死ななくていいんじゃないか。だって、害はないし……………いいやつ、だし。

違う。それじゃあハンターじゃない。なんのために自分はハンターになったと思ってる。憎い吸血鬼を。自分の住んでいた村を崩壊へと導いたあの吸血鬼を全滅させるためではないか。

あれも吸血鬼だ。憎い敵だ。

そう思えば思うほど、なにかが違うと心が警鐘を鳴らす。

ともかく、判断材料が少なすぎるんだ。四季……

「いつか、俺が四季を殺す前に、お願い、教えて………」

君が、死に執着する理由を。

君が、なにかに怯えてる理由を。

君が、抱えている過去を。


「…時間だ。行かなきゃ」

昨日の今日で顔を合わせるのはためらわれたが、行かなきゃ訝しく思われる。いつもの通りに笑えるだろうか。音也は自分の頬に触れてみるも、表情筋はそのときになってみないと動くかどうかはわからないもので、ため息をひとつこぼしてから扉を開けた。


「今晩はって言うんだよ。でもおはよう、四季」



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12.10.10



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