始まりの夜 夜のほのかな月明かりによって目を覚ます。 朝の清々しく眩しい光によって眠りにつく。 これが少女――――四季の生活だった。 「今日の私、おはようございます。今日も気持ちのいい夜ですね。絶好の散歩日和だと思います」 自分に向かって声をかけた四季は、ベッドから立ち上がると台所へ向かった。四季が住むのはこぢんまりとした家で、周りに他の家は見当たらない。あるのは緑の葉を茂らせる木々だけだ。 そう、四季は森の中に住んでいたのだ。四季が森に住むのはわけがあり、それは簡単なことで、彼女が吸血鬼と呼ばれる存在だからである。 四季は楽しそうに鼻歌を歌いながら台所で水をくむとゴクゴク飲み干す。ぷはぁ、と少女らしからぬ声を発し口元を拭うと、背伸びをした。今日の夕食は何にしようか、などと冷蔵庫をあさっている四季に、突然後ろから声がかかる。 「へい!頭は覚醒してるかい?」 「おうわぁ!!…はぁ、びっくりした。いきなり驚かさないでよ、小鳥一号」 びくり、と肩を震わせた四季は、憤慨した様子で振り返る。そこには、皿の中の食べ残しを頬張っている白い小鳥がいた。その小鳥はばさっと翼を広げて飛ぶと、四季の伸ばした手に止まった。 「オレサマは小鳥一号じゃない!ミシェルという立派な名前がある!」 「そうかシェリル、すまなかった」 「ミ・シェ・ル!だっつーの!」 「ごめんって、ミゲル」 「オレサマに何か恨みでもあんのか!…………ってコントしてる場合じゃねぇな」 「えーコントだったの、今の」 真面目に首を傾げる四季に、小鳥はため息らしきものをつくと、また羽ばたいて机の上におりた。翼で窓の方をさし、侵入者とだけ告げる。 「……なんだと?」 四季の目の色が変わった。小鳥へ冷めた目を向けると、指をパキリと鳴らす。戦闘狂、と小鳥が呟いたそれをスルーし、小鳥を引っつかむ。 「さて、ミシェル、侵入者ってのは何だい?」 「いたたたたた!痛いっ!痛いってばよ!侵入者っつーか、森で人が一人、倒れてるんだって!」 「人!?馬鹿っ、なんでそれを早く言わないのっ。てっきり混血の血に飢えた吸血鬼かハンターかと思ったじゃない!」 ぎゅっと小鳥を握る手に力をこめ、案内しろと叫ぶ。小鳥はジタバタ暴れて手から逃れると、抜け落ちた羽を未練がましそうに見つめてから、こっちだ、と四季が開けた窓から飛んでいった。すぐに四季も窓から飛び降り、小鳥を追う。 「まったく、朝からなんてもん見つけてんだか!」 「オオカミの餌になってないことを祈りな!」 「血の匂いはしてないから大丈夫だよ!それにうちの狼どもは気性が荒い方じゃない。あんたと違ってね!」 「うっわ、失礼。遠回りするぞ」 「今日は焼き鳥だな」 ぼそり、と不穏なことが聞こえ、小鳥は少し四季から距離を取った。ニヤリと四季が笑う。 「嘘だって。唐揚げに決まってるだろ」 「…………」 無言で高度を上げると、さらにスピードを上げる。くくくっ、と四季は笑いを噛み殺した。 「で、あとどんくらい?」 「すぐそこっ。ほら、あの赤髪!」 「異国人か…?まぁいい、拾っていくぞ」 小鳥の指さす先には、赤髪の人間がうつ伏せにぱったりと倒れていた。小鳥は赤髪の頭に降り立つとうずくまる。 「……何してんの?」 「……いや、こいついい髪質だなって思って」 「……そう。……今度お礼に巣箱あげようか?」 「やめれ!そういうの!」 四季はその赤髪をひっくり返すと、まじまじと観察した。まず目がいったのは美しすぎる顔。吸血鬼とはいえ、四季も少女なので少々目をみはった。 「わぁ、美形」 「オレサマの方が、」 「わぁ、焼き鳥」 「………」 なかなか体格のよい人間で、せいぜい10前後の少年かと遠目では思ったが、少年どころか青年と言えるほどだった。四季は、これを持って帰るのは疲れるなぁ。と肩をすくめる。それでもこのまま放置してるといろいろ危ないので、青年の背と膝裏に手を入れると横抱きのまま、元来た道を走り出した。 ―――――――――――― ミシェルぇ………。 12.09.01 |