午前0時の哀しみ


「23時45分。……あと15分だな」

「来るのおせぇよ!…ったく、来ないのかと思った」

不貞腐れたように頬を膨らます翔に、四季は笑いかける。

「ごめんね。ちょっと私用があって」

「俺とどっちが大事なんだっての」

「私用」

「いらっ」

二人で冗談を言い合って笑うと、四季は椅子に座らず、翔の傍に立った。座らないのかという問いかけに、四季は静かに頷く。翔は四季の服装がいつもと違うことに気づいた。じっと眺める翔に、四季は胸から下がるクロスを握り締めて肩をすくめる。

「オマエを送る日だからな。気合も入るさ」

「へぇ。そりゃどうも。……嬉しくねぇって」

「知ってる」

カラカラと声を立てて笑い、今日は数割増しでよく笑う。という呆れた翔の声にも四季は笑った。

「泣きたく、ないからねー」

「……なぁ、四季」

「なに?」

翔の真剣な声に、四季は笑顔を引っ込めて同じく真顔で対応する。

「死神ってさ、やっぱ魂とった人間のことを覚えてるもんなの?」

翔の純粋な問いにしばし黙りこくると、無言で首を横に振った。そうか。と翔は寂しげに呟く。すでに何百人ほどの人間を看取ってる四季にとって、人の顔など覚えておく意味はないのだ。

しかし翔は別だ。

それを言いかけて、口をつぐむ。これを言えばおそらく自分は罪の意識にずっと縛られることになるだろう。一番よい方法は、恋というそれと共に翔との想い出を捨てること。

一週間という期間は恐ろしい、と四季は苦笑いを浮かべる。

懐中時計で時間を確かめると、すでに0時まで10分を切っていた。時間ぴったりに死ななければならないというわけではないが、何故か四季が0時にこだわっているので翔は仕方なくそれに従うことになっているのだ。

わけをきこうとは思わない。聞いたところで自分が死ぬ事実は変わらないのだから。

「オマエと過ごした時間は、思いの外楽しかったよ」

「そうか、ありがとう。俺も最期の一週間、希望がもてたよ」

最も、流石に一週間で死ぬとは思ってなかったけど。と腕を組む翔。お笑いのように大げさなリアクションに、くすりと笑う四季。

残りは5分となった。

その頃には二人とも無言になり、ただ部屋に置かれた時計の音だけがチクタクと響く。

「家族は、呼ばなくてよかったの?私、姿は消せるし呼んでもよかったのに」

静寂を切り裂いた声。翔は静かに頷く。

「最期はお前と二人って決めてたから」

「…そう」

「なぁ、四季、」

「そろそろ儀式に入ろう。静かに願います」

翔の声を意図的に遮ったようにも聞こえた。焦ってるように見える四季。翔は口をつぐみしっかりと四季を見据える。

「準備は、よいでしょうか」

「ああ。……あ、いや。四季、手をかせ」

「準備しとけっつーの。何」

なめらかな肌の手。その手を翔は壊れ物を扱うように触れると、そっと手の甲に唇を寄せた。彼からされる二度目の行為に、四季はやはり首を傾げる。

翔は一度目を閉じてからゆっくりと開く。出会ったときにあった暗さはもう彼にはなく、清々しささえ見えた気がした。

「一週間、ありがとな。未練もなんもかんも断ち切れたよ」

「それはよかった。魂が楽園へ導かれんことを」

もとより白かった病室が、本物の白に包まれた。





すまない、翔。

オマエは生きるべきなんだ。







四季は未来を変える代償として、持っていた鎌で自分の胸を貫いた。

「なっ……!?」

驚いている翔が見える。同時に、真っ赤に染まる鎌と自分も手も。

ああ、死神の血も赤いんだなぁ。翔と同じだなぁ。なんてことを思いながら四季は、痛みに歪みそうになる顔を無理やり笑顔に塗り替えた。

そして、一言。

「愛してる、翔」


白の空間から、翔は消え去った。








「どう、して…?」

なんでかわからない。自分が死ぬはずだった。

なのに。


目の前では四季が自分自身に鎌を突き立てていて


自分には苦痛なんてひとつもなくて


歪みそうな四季の笑顔に泣きたくなって


――でも泣けなくて。



「なんで、最期に名前で呼ぶんだよ……四季」



乾いた瞳が映し出すのは、突然に戻ってきた病室と、しばらくの後に降ってきた死にかけの死神と。


知らない男の死体だった。


――――――――――――
あるぇ、なんか変な展開。
12.08.07



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