追いかけた夢の破片


目の前で見知った少女が見知らぬコートに身を包み、こちらを見てニヤニヤと知ってる笑みで笑い、知らない道具を振りかざしている。形状からして、鎌であろう。それが容赦なく降りおろされようとしていた。

なんで?

少年の目には戸惑いが浮かぶ。

なんで。

少女の目には光がなかった。

ただ、淡々と仕事をこなす人形のように、少年をジッと見つめている。まるで、どの瞬間に鎌を降り下ろそうか考えてるかのように。

少年は逃げることもできず、かといって立ち向かうこともできずにただ呆然と立ち尽くすだけ。重たい沈黙の中、少女は口を開いた。

「――――、」

なに、なに。聞こえないよ……


一瞬だけ、少女はあの時見た笑みを浮かべた。

「―――、」

その時だけ、久しぶりにまだ生きていきたいと思った。けど、もう遅い。

さ、よ、な、ら。

四文字が頭をめぐった瞬間、少年の命は尽きた。








「―――ぇ、ねぇ。起きてる?」

「……ん………っ、やめっ!」

そっとかけられた声で目が覚めた翔は、触れようとしたその手を、ほぼ反射的に払いのけていた。昨日、発作で倒れてからそのままずっと眠っていたらしい。看護婦はどうしたんだろうか。ただ眠ってるだけと判断したのだろうか。ふと横を見ると、払われた手を下ろそうともせず固まっている少女、四季がいた。あ、と後悔したような声がもれる。次に、謝罪の言葉が浮かんだ。

「……手、ごめん」

「ううん、気にしてないさ。……やっぱり、怖いんだね、私のことが」

「違う!そうじゃなくて夢が、」

「違わないって。いいよー今更気にしてない。……拒まれることなんて。私死神だし」

四季は叩かれた手をもう片方の手で包み込むと、寂しく笑った。こんなときでも笑顔を消さない四季を見て、翔は苦々しい顔になる。

「昨日はごめん。……その、悪魔に魂かすめとられちゃって、捕縛に時間がかかったんだ」

「それ、は、気にしてない……」

翔が嘘をついたことを四季はわかっていた。気にしてないならあんな風に涙を流したりしない。この手を拒んだり、しない。

四季はつい先日、翔に恋心を抱いていることに気づいた。しかし翔は明日、明後日には消える命。恋しても無駄に終わるだけだと何度も自分に言い聞かせた。

それでも、一度気づいてしまった気持ちは気を抜けばひょっこりと出てきてしまいそうだ。それを誤魔化すように首を振った。話を無理やり切り替える。

「結局、誰も見舞いには来なかったな」

「うるせー。……どうせすぐに退院できるとでも思ってるんだろ。俺にはもう、何もないっていうのに…」

俯いた翔がどういう表情かは、見えずともわかっていた。見る気もなかった四季は、窓を見上げてため息をつく。

「だから、なれ合いは苦手なんだ」

月が明るい。月明かりに照らされた、どこまでも白い病室を見ていると気が狂ってしまいそうだ。

「おかしな感情がわいてしまうから」

死神にとって、もっとも余計な感情。

「お前…まさ、か」

「今日は帰ろう。もう寝るんだ。……明日は最後の一日だから、悔いのないように過ごせ。日付の変わる頃に、迎えに来よう」

その迎えがなんのことか悟った翔は一瞬息を詰まらせたが、それを気づかれないように、笑顔で手を振った。

「おやすみ」

「ああ……良い夢を」



「あだっ!」

今週何度も聞いてきた悲鳴が、今は精神安定剤のような役割となってしまった。今日も転移失敗は絶好調だな、と訳の分からないことを思い、ニヤリとする。

しかし、もうこの悲鳴を聞くこともなくなるのだろう。翔は布団にくるまったまま、死についてしばし考えてみることにした。

死んだらどこへ行くのか、どうなるのか。やっぱり痛いのか、痛みを感じるまでもなく死ぬのか。

魂はちゃんと、四季の手で導いてくれるのだろうか。

自分が病気を患ってることを聞いて、薫は自分が病気を治すのだと息巻いてその道の学校へ進んだ。それだけで翔は嬉しかった。誰かが必要としてくれるだけで、誰かが自分のために何かしてくれるというだけで幸せだった。

そう長くないことを告げられた…などということはない。少なくとも、二十歳まではゆうに生きると聞いた。しかし、本当人生は何があるかわからない。

あの死神は、自分が明日死ぬと言っていた。もしこれが数か月前の自分なら取り乱していたかもしれない。けれど、なんとなく自分の運命について悟ってしまった今では、ああそうなのか。という軽い納得しかできなくなってしまった。

「死ぬなら格好よく…ってのに憧れたけど、病気で死ぬなんて、だせぇの」

自嘲気味の笑みを浮かべて寝返りをうった。満月とそう変わらない月がぼんやりと病室を照らす。明日は晴れてくれるといいな、ということを眠さで霞んでいく頭で考えた。

満月に看取られて逝くのも悪くない。雨の音は嫌いじゃないけど、暗い中じゃ死にたくないな。


アイドルになりたかった。ヒーローになりたかった。テレビの向こうの、果てしない存在に憧れて夢を追いかけた。それでも届かなくて。

せっかくその夢を目指すために恵まれた舞台が整えられていたというのに、それを活用することもないまま、それを叶えるチャンスをつかむこともないまま。夢を追う権利すらないまま…………。


死ぬ。


死は怖くない。むしろ安らぎだ。とあの死神は言った。けれど長い命を持つゆえの台詞だろうと翔は思う。短い時を生きる人間としては、そしてその中でもさらに短すぎる人生をとじようとしてる人間としては死は恐ろしいものでしかない。

自分から何もかも奪ってしまう、ああ、恐ろしい。

死神の少女に夢を話したことは何度もあった。それほどアイドルになりたかった。勇気を与えられた自分のように、他の人にも勇気を与えてみたかった。その夢を自分の手で叶えてみたかった。

今はそれすらかなわない。

元気すぎる身体は、とうてい明日死ぬ身だとは思えない。医者も、この状態で死んだとあらば首をひねることだろう。そうなのに、元気なのに。

「…やめた。眠ろう」

あんな夢を見たことをすっかり忘れ、翔は眠りの世界へと誘われていく。

眠る間際、何度も語った夢を、飽きたような表情で、しかし真剣に聞いてくれた存在を思い出し、小さくアリガトウと呟いたのだった。



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来栖氏が病んでるようにしか見えん。
12.08.02



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