「お前も聖川家の人間ならば、甘ったれた考えは捨てなさい」
「…はい、ちちうえ」
「藤川、車を回せ。みょうじ、真斗を頼んだぞ」
「かしこまりました」
「お任せくださいませ」
旦那様と藤川さんを見送った私は、今にも泣きそうな顔をしている真斗様を見た。小さな手をぎゅっと握りしめて、唇を噛み締め、サラサラの髪の毛で顔を隠すようにうつむいている。
「……なまえ、」
「はい、真斗様」
「わたしは、まちがっているのでしょうか。ひじりかわのにんげんなら、あまいとだめなのでしょうか」
また、子供のくせに難しいことをいう。先日交わした旦那様との会話をふっと思い出した。
「ちちうえは、わたしがきらいなのでしょうか」
それは違います。真斗様に立派になってほしいから、旦那様は厳しくなさるのです。真斗様が賢く、優しい心を持っていると知っていて、期待しているのですよ。
…とは言ったところで、どうせわかってくれやしない。小さな頃の反抗心や、親に抱いた不信感ってのは子供が「自分が正義」と思っているうちは何を言ったって気づいてくれないもんだ。
かくいう私も、真斗様とは年が五つ離れているだけで、現在十二だ。世の子供らは反抗期真っ盛りだろう。個人差はあります。
旦那様は、私が彼の年に近く、気持ちをわかってやれるだろう、ということで私を真斗様の専属になさったのですよ。ここに愛情がないはずがない。
「真斗様」
「なまえも、そのうちわたしをきらいになるのか?」
「まさか。私はずっと真斗様の専属でいたいと思ってますしね。…真斗様、お部屋に戻りましょう」
「なまえ」
くん、と制服の端っこを申し訳程度に握りこまれた。子供のちからだ。少し体が傾くだけですんだ私は、なんでしょう。と振り返る。
「…いこう」
横にきた真斗様は、私の人差し指をその小さな手できゅっと握った。甘えたい年なのだろう、なのに甘えさせてもらえない。父親からは厳しく躾けられている。でも、一切の優しさを与えないわけではないのだ。旦那様も、愛情なく育てられた者がどういう人間になるか知っている。だから私は、彼の専属なのだ。
私はその手を振り払った。
「っ…………」
「真斗様」
「う、ぁ……」
びくり、と肩を震わせて、泣きそうになりながら見上げてくる。今にも「ごめんなさい」を言いそうなその表情。私は彼を安心させるように少しだけ微笑んだ。そして、一度払った手をそっと包み込むように握る。
「真斗様。手をつなぐのはこうやるんですよ。はい、ぎゅー」
「なん………ん。ありが、とう」
「旦那様には秘密です」
しー、と茶目っ気たっぷりに人差し指を唇に当てると、そのまま真斗様を部屋へとお連れした。
旦那様の与える試練に疲れた時は、こっそりと癒して差し上げます。
――――
連載のやつのanother過去。
きっと厳しかったんだろうなぁ、パピー。
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