「助けて!死にたくない!…死にたくないよぉ…」

「殺さない、で」

「やめて、助けて……」


いろいろな声が聞こえてやまない。消えることのない声が頭の中で反響してくる。どうやったらこれから逃げられる?この声から、助けられる?私は消えることのない声を抱えたまま、ふらふらと夜道を歩いていた。

もうい、死にたい。年をとるにつれてはっきりと聞こえてくるようになった声。助けてください、死にたくない。殺さないで。もう嫌だ。死なせてくれ。殺して。

どれが自分の声なのか、聞こえてくる声なのか。なにもわからない。


「……もう、いや」

「で、死ぬつもりか?」


ふと、後ろから声が聞こえた。いつもの、覇気のないやつではなくて、しっかりとした人の声。私は咄嗟に振り返った。歩道橋の壁にもたれかかって腕を組み、静かにこちらを見つめる瞳に、なんとも言えぬ寒気を覚えた。長い髪を風になびかせ、どこか傲慢じみた表情の男だ。

「……貴方、は」

「人に名を尋ねるときは自分から名乗るのが礼儀だろう」

「…そのとおりだね。失礼しました、私はみょうじなまえと申します。あなた様のお名前は?」


へりくだった言い方をしてみれば、その男は偉そうに鼻を鳴らす。


「カミュ。それだけだ」

「カミュ」


名前を繰り返す。不思議と落ち着く響きであった。少しだけ気が楽になり、途端に夜の風が気になり出す。寒い。薄着で飛び出してきた私が悪いのだが。


「助けてやろうか。お前が俺に協力するなら」

「する」


即答してやると、カミュは顔をしかめる。どうやらこいつは取り繕う、という言葉を知らないようだ。どこまでも傲慢な態度にイライラするも、ようやく見つけた「解放」への道だ。みすみす逃しては……バカだ。


「すぐに決断できるものなのか」

「できる。もう取り繕うのは沢山だ」

「たとえ、それがこの街を離れることであったとしても」

「そのとおり。私を救済してくれるのだろう?」


言うと、カミュはもたれていた体を起こした。腕をほどいてこちらに手を向ける。病的に白く見える、細く長い指が誘うように動いた。


「来い。今日からお前は私の下僕だ」

「それでこの声が消えるのなら、安いものさ」


地面に膝を付き、その白い手を取った。


「カミュ様。私の耳に絡みつくこの嘆きの声を消し去ってくださるのなら。私は貴方に忠誠を誓いましょう」


どうせ、死のうと思っていた身だ。今更、下僕なんて、辛くもない。


「いい覚悟だ。望み通り、その苦しみから解放してやろう」


ふっと体が軽くなって、あれほどうるさく鳴り響いていた声が聞こえなくなった。しかし、聴力が全てカットされたわけじゃない。カミュの、どうだ。という声は嫌というほどハッキリ聞き取れた。



はらり、と瞳から雫が流れ落ちる。


嗚呼、生きていて、よかった。






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