「何してるの」

「…美風、さん」


見知った人に声をかけられた。この透き通るような声は誰のものか私は知っている。美風藍。たった今、私が考えていた人だ。ベンチに腰掛けたまま振り返ると、美風さんの驚いたような表情が見えた。


「どうして、泣いているの?」


そうだね、これは彼にはわからない感情だろうね。私は静かに首を振った。


「駄目だったよ。いくら私が連れて行かないでと祈っても祈っても、神様は聞いちゃいない」

「ああ…」


彼は納得したというように空へ視線を投げる。時は夜。空にはいくつかの星が点在していた。手を伸ばしても届くはずのないそれに、私は無意識に手を伸ばす。


「こうやって、昔はよく星をつかまえたんだ」

「掴めないよ」

「掴めるよ、ほら」

ぐっと手を伸ばして何かを掴む動作をする。もちろん、星なんてこの手には掴めない。掴めるサイズでもないし、掴めるほど近くにはない。


「……ねえ、美風さん」

「なに」

「月は優しいですね。太陽は遠慮なく私の大切な人を燃やした。その強すぎる光で。でも月はほら、ほのかな光だけだよ。見ても目が痛くならないし、肌も痛くならない。焼けない。人が落ち着く光って、結局月明かりになるのだと思うんだ」

「そんなに悲しいの?大切な人に会えないって」

「美風さんは、…博士が死んだら寂しい?美風さんのお友達の、嶺二さんが死んだら?そのほか、大切にしてる人に、もう二度と会えないって思ったら心がきゅうってしません?」


はは、と私は乾いた笑みを浮かべる。


「言っても無駄ですかね」

「無駄じゃない、かもしれない」


途端、ぎゅっと美風さんに抱きしめられた。背後から、そっと腕が肩に回る。ぽんぽん、と手が頭を撫でた。

「…ボクはまだ、そんなのわからない。でも、君が教えてくれると言ったはず。君は博士の親戚。…君が死んだら、ボクは少なくとも、悲しい、喪失感、そんな感情は抱くと思う」

「…わかりにくい、です。美風さん」

「帰るよ。もう充分に落ち着いたでしょう」

「私は」


私から離れて手を引く美風さんに、言う。


「天国とか、地獄とか。知らない。魂は死んだらどこに行くの?わからない。…でも、月明かりがきっと道を教えてくれるんだよね。だったら私、月に祈るよ」


あの人の魂が安らかに眠れますように。






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