「わ、どうしよう。雨降ってるなぁ」
私が窓の外を見てポツリと呟くと、楽譜にずっと目を落としていた聖川がようやく顔を上げた。
「……雨、だな」
「そりゃあ、雨ですよ」
当たり前のことを呟く聖川は、窓を見つめていた視線を少しだけこちらに戻すと不意打ちのようにふっと笑った。
「俺がお前を返したくないんだって、空はわかっているのだな」
「え?」
私はグランドピアノの蓋をしめると、ちらと聖川を盗み見る。やつの視線は、いつの間にやら私に向かっていてガッチリバッチリ目があってしまった私は気まずくなり、雨だねともう一度、窓を見た。
すると、後ろで小さな笑い声が聞こえた。
「知ってるか、みょうじ」
「なにを?」
「こういう雨を、遣らずの雨というんだ」
さぁ、帰ろうか。と言って聖川は鞄から折りたたみ傘を取り出すと、私へと握らせた。
「女子が雨にうたれるものではない。それを使ってくれ」
「えっ、でも聖川が濡れるだろ…!」
「俺は迎えを呼ぶからいい。…、ああそれよりも一緒に送らせようか」
「っ、べべべ、別に大丈夫だよ!それじゃあね、聖川!」
ったく。あの笑顔は心臓に悪い。
手にもった傘はなんとなく温かい気がして……一人にへらと頬を緩めた。
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