泣いていたところを助けてもらった、何も知らないお兄ちゃん。おれはなんだか、その兄ちゃんに懐くようになった。
本当に、ただのいい兄ちゃんだ。おれがちょっと…その、まぁ、いろいろあったときに助けてもらったし、病気についても励ましてもらえた。いつも公園に行けば会えたから、目覚めたら、まず公園にいきたいといってみんなを困らせた。
いつか、おれが病気だったときに弟が代わりに行ったっけ。なんでも、翔ちゃんが懐いてる人を見に行く!と。なんだか、すぐに泣きそうな顔で帰ってきた。
理由を聞いても、首を振っただけで何も答えようとしない。だけど、一応聞こえてたんだぜ。
「なんで見破っちゃうの」
って。バカだなぁ、あの兄ちゃんにいたずらしに行ったって、バレてこうなるのがオチなのに。さすが兄ちゃん、と思って、そして、見分けてくれたことをすごく嬉しく思った。普通、おれらが本気でそっくりになろうと思えば、自分たちが見てもわからないくらいになれるのに。
すっげー薫のやつ、気合入れてるから、騙すつもりでいったんだろう。なんという腹黒いやつだ。本当にピュアなおれの弟かよ。と子供心に思った。
ある日、兄ちゃんは突然おれに別れを切り出した。なんで、どこかに行くって、どこに。その時は泣きじゃくって非常に困らせた……こま、らせた?覚えがある。いや、全然困ってなかったな、あれ。泣き虫クソガキとか最後まで笑ってた。
とにかく、その言葉を訂正させるために、おれはアイドルを目指してすっげー格好よくなって、(目指しだしたのはケン王のおかげだけどな!)兄ちゃんを見返しに行くんだけどな!と、言う訳で……。
あれから数年といくつかの月日が流れ…。
「ふ、よっしゃ!!!合格、しかもSクラスだってよ!」
「さっすが君!できると信じてた」
「ありがとう、薫。俺、頑張ってよかった……これで、会える」
「ふーん、忘れてはいないみたいだね」
「忘れてたまるか!とにかく、あいつよりカッコよくなって見返しに行くんだからな!待ってろよ、兄ちゃん!」
「(……まだ兄ちゃんだというか。この人は)まぁ、あって驚くといいよ」
「??わかった、任せろ」
「つっ、月宮ぁああ!どうしよう、月宮!」
「もう、アタシのことは林檎って呼んでって何度も……まぁ、いいわ。今更よね、どうしたの?」
「日向も、聞きなさい!あのな、わ、私の知り合いが入学してくるんだ!」
「あら、すごいじゃない」
「よかったな」
「だって…本当にやらかすとは。いや、たきつけたのは私なんだけどね……」
「じゃあいいじゃない」
「……私のこと、男と言い続けたあの子よ、あの子」
「あー!!なにその見る目なしっ!とか思ってたけど、昔の写真見せてもらったら確かに男だったわよね…」
「その話を引っ張り出すな、月宮」
「来栖翔、だったか?たしか俺の受け持ちだ」
「あーもう、今日は飲まなきゃやってらんね……は、まじか。確か私、日向のクラスの副担任……」
「会うかもな」
にやり、と笑った日向は、椅子から立ち上がって私の額を弾いた。行くぞ、と襟首を掴んでクラスに引きずられていく。
翔とわかれてから、まぁいろいろありまして、今は早乙女学園で作曲担当の教師をやっている。一度は街を離れたが、結局ここに戻ってくることになったわけで……。あは。
ああ、ちょっと欝だ。いや、会うのが嫌ってわけじゃない。でも、どんな顔して会えばいいのかな。久しぶりすぎて、わかんない。忘れられてたら、どうしよう。ああでも、そういうのもアリか。私の心が楽になる。
「にやけんな、気持ちわりぃ」
「んだとテメェ」
俺の担当は、なんと、なんとなんと、日向さんなのだぁあああああああああああ!!!
おっと、テンションが高すぎた。でも、それくらい嬉しい。俺の憧れる一人であり、この世界を目指した理由でもあった。ニヤニヤと頬が緩む。ちょっと、いやかなり怪しいが、幸せかもしれない。
これなら俺、きっと行けるとこまで行ける気がする…!!
そういう期待を込め、俺は席でぴしっと背を伸ばして座っていると、お待ちかねの日向さん……今日から、先生。日向先生がやってきた!キラキラ、目が光るのがわかる。
「……?」
ふと、日向先生の後ろから、もう一人誰かが見えた。副担任だろうか。キリリと引き締まった凛々しい表情の女性だ。長い髪をアップにして格好よく見える。
「Sクラス担任となった、日向龍也だ。おめぇら、しっかりついてこいよ」
「ひゅう、かっけーっすね」
隣の女性が茶化すような口調で肩を叩いた。センセはー?誰ー?と前の誰かが声をかける。女性はそうだった、というように手を打って、髪を払った。ふわり、と黒髪が舞う。……俺はなんでこんなに描写してんだ。
「諸君、ハジメマシテ。私はみょうじなまえだ。作曲家コースの子らは私の名を知ってる者も居るだろう」
「……みょうじ!?うっそ、マジであのみょうじ!?」
突然俺の隣の女子が、手入れしていた爪から顔を上げてまじまじとみょうじセンセーを見る。本当に驚いたように口をぱくぱくと動かしていた。というか、この隣の女子は作曲家コースだったのか。
「うわ、マジでなまえさん……」
「誰?」
「たしか、あの有名な***を作った……」
「え、それってもしかして*****も作ってる?」
「ああ、もちろん」
目の前でそんな会話が繰り広げられる。嬉しそうにみょうじセンセーは頷いていた。
「よかった、日向。私もそれなりの知名度はあるようだ。どうや、日向羨ましいか」
「あーはいはい、よかったな」
「うむ。私は満足だ!というわけで、Sクラスのみ、私が入ることになった。私も頑張るから、お前らも根性だしてついておいで」
しかし、なまえか……。…、なまえ?
「!?」
俺が目を見開いて肩を震わせると同時に、みょうじセンセーがこちらを見た。にやり、と笑みが濃くなる。
まさ、か。
「いや、あれは男のはずだ……」
「……来栖くん、私の呼びかけを無視するとはいい度胸だね。あとで職員室」
「なっ!?」
「来栖ー、何してんだー」
どうやら、大変なことになってしまったようだ。肩を落としながら職員室へ向かうと、ぐったりしてるみょうじセンセーがいた。遠慮がちに声をかけると、さっきより一オクターブほど低い声で、んだよ。と呟く。しかし振り返って俺を認めると、すっげー悪い顔になった。
「やぁ、来栖くん。さっきはよくも私の言葉を無視してくれたね」
「すみません、ボーッとしてました」
「でも、昔から変わってなくてびっくり。…………本当に入るとはね、入学、おめでとう」
「………わ、本当に兄ちゃんだったんだ…そいえば、あの頃は名前も聞いてなかったよなぁ」
「知ってたかお前、あの頃は私が女だと言っても聞かずに、本物返せーと殴りかかってきたんだぞ」
ごすっ、と凄い音で額をつかれる。ひどく痛かった。額に手を添えて眉をしかめていると彼は、いやみょうじセンセーは俺の頭をぐりぐりと撫で回した。帽子がずれる。
「改めて自己紹介だ。あの頃の兄ちゃんこと、みょうじなまえ。特別に名前呼びを許そう、翔くんよ」
「来栖、翔です。……またあの頃みたいに遊んでくれますか」
「ああ、喜んで」
こうして俺らは再会したのだ。その後のことは……想像に任せる!
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