「なまえー!なまえっ、大変ですっ、大変ですよー!」
「んあ?どうした愛島」
「それですそれ!」
突然やってきて散々と喚きたてる我が友人(先日恋人と化した)愛島セシルは、両手を上下に振りながらタックルをかましてくる。ベッドに腰掛けて読書をしていた私は、その勢いを止められずに、愛島と共にベッドにダイビングしてしまった。
「ちょっ、愛島、離れ、」
「うわあぁあぁぁぁああん!」
この状況はヤバい、と全力で彼を押しのけようとするが、ひっつき虫のようにひっついて離れてくれない愛島。そろそろうざったい……。何故泣いてるのかわかんないし、そもそも鍵かけてたこの部屋にどうやって入ってきたのだろうか。もういい、気にしないことにする。
「お、ちついて……ね?」
愛島の背に腕を回して、ぽんぽんと撫でてやると、どうにか落ち着いてきたのか泣き声は収まってきた。ふぅ、と一息つく。
「どうしたの?ほら、理由お話ししましょうネー」
「うぅ……。なまえ、わたっ、ワタシを愛島と呼ばないでください……」
「はぁ!?」
慌てて事情を説明させると、どうやら……本当、誰から聞いたのか……
【名前を呼びあわないカップルや、苗字で呼び合うカップルは8割がた分かれる】
という言葉を聞いて本気でビビってしまってるらしい。なんてくだらな…可愛いやつなんだろう。こいつってば。
「なんだ、そんなにお前は私が信用できないか?私がお前を好きということを、信じることができないのか?」
「そういうわけではないです!」
「ならいいじゃないか」
「でも……。でもワタシはなまえと一緒にいたい。できれば国に連れて行きたいくらいに、愛してるんです!」
「ほーかほーか。よかったな」
「冷たい!ねぇ、嫌いなんですか!?ワタシのこと、キライですか!?」
「好きだよー」
「じゃあ、セシルって呼んでください」
「ヤダ」
「なんで!」
ぐいっ、と私を下敷きにしたまま愛島は顔を近づけてくる。今まで体験したことのない距離感にドキドキと心臓が高鳴った。互いの息がかかるくらいの近さ。心臓がどうも苦しくて、少し身じろいだ。
「あの、離れて、」
「……なまえがワタシを名前で呼ばないと、このままキスしますよ」
「!?や、やだやだ!やだっ、そんなことしたら嫌いになるから!」
キス、という単語に反応して、背中を冷や汗がつたう。駄目、まだ心の準備すらできてないのに。……ヘタレっていうな。
「セシル、」
「愛島」
「セシル」
「愛島」
「セシル」
「愛島」
「愛島」
「愛島」
「引っかからない…だと…」
「バーカ、私を甘く見るな」
とりあえず早く逃げねば。名前で呼ぶのが恥ずかしいと言えば私の人生終わる…。それなりの矜持だってあるんだ。
「むぅ……」
「はいはい、可愛い顔してないでともかくどきなさい」
「やです」
「頭突きかます、ぞ!」
「のうっ!!」
「ふふん、ドヤァ」
「ううぅ……」
頭を押さえて涙目な愛島に遠慮がちに抱きつく。え?という顔をされたので、昼寝用の抱き枕だ馬鹿勘違いすんな。と釘を刺しておく。
「どうしても名前で呼ばれたいの?」
「はい……」
「……。セシル、」
「!!」
「だ、大好き……、?」
「大好きですー!」
「うわ、抱き枕が動くなッ!」
「逆に抱き枕にしますよ!?」
「遠慮っ!セクハラも禁止ね!」
「くっ…」
「おやすみー」
「おやすみなさい、良い夢を」
とりあえず寝て起きたらそんなデマ話、忘れてくれないかなぁ。
「なまえー!なまえっ!大変です!!」
以下、エンドレス。
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