入学してから早一週間。そろそろ寮にも慣れ、真斗様に言われた"使用人として振舞わないこと"も出来つつある今日この頃です。流石に朝早くや夜に食事を作りに行くことは、教師陣や翔ちゃんにアウトと叫ばれたので自重することにします。 その代わり、昼食は何がなんでも作っていますがね。毎日重箱を持っていくのは疲れるので、普通サイズの弁当箱ですが、中身は朝五時から下準備をして美味しくなるよう愛を込めてます。かっこ笑い。 しかし今日は……重箱、持ってます。 「くそう重いな。これが真斗様のためなら苦じゃないのに……いや、真斗様に頼まれたことだから、真斗様のためなのか…?」 ぶつぶつ言いながら木陰にブルーシートを敷く。今日は日曜日。天気も良く、絶好の洗濯日和ですね!おおっといかん、使用人の頃の癖が。一般ではお出かけ日和と言うのかな?そんな感じ。 重箱をセンターにドン、と置くと、お皿と箸を準備する。人数分並べて、ゴミが入らないように軽い布をかぶせておいた。そこまでして、お絞りを忘れたことに気付き、苦笑しながら布をめくって湿った手拭きを滑り込ませる。 え、ピクニックの準備みたいだって…?ええ、まぁそんなところです。こうなったのは、少し前の日の会話からでして…。 「ねぇねぇ!日曜日時間ある!?」 席に座って、何をするでもなくぼーっとしていた私に、音也様が後ろから飛びついてきた。 「うわわっ…!音也様、どうしたんです?」 「だからさ、日曜日時間あいてたりしないー?」 ぽすん、と私の肩にあごを乗せて、ねーねー、と身体を揺らす。暑苦しかったのでその腕から逃げ出すと、音也様はしゅんと眉を下げた。 「……私は空いていますが、それが何か?」 「んーとね、ピクニックでもしようかと思って」 「ピクニック?」 聞き返した私に、音也様が嬉しそうに説明する。 「いやぁ、天気予報は晴れみたいだし、親睦を深めるにはいいかな〜って思って。あ、もちろんマサも来るって!」 「参加させていただきます!!」 「早っ!でもやった!本当君ってマサのこと大好きだよね」 「それはもう、小さい頃からお仕えしてる方なので」 大好きどころか溺愛してます。と真顔で言うと、音也様に笑われた。 「丁度いいし、Sクラの俺の友達も紹介するよ」 「して、場所は?」 「四月だけどやっぱ日が強いから、影のある場所がいいなぁ。でも外がいいし……」 「だったら僕、いい場所知ってますよぉ〜」 額を付き合わせて相談してると、また後ろから抱きつかれた。声から察するに那月様とみた!彼を引きはがすのは至難のわざなのでそのままにして、本当?と聞いた。 「森があって、その奥が静かだし、小鳥さんも来てくれるんですよぉ〜」 「あ、那月様も参加するんですね」 「うん!ちなみに、七海も、マサもね。Sクラは当日に紹介する」 「楽しみですねぇ〜。翔ちゃんもくるのかな?」 「お楽しみにぃ!」 そのまま、やってきた春歌様と真斗様もまじえ、五人でガヤガヤと打ち合わせを始めた。Sクラス無しで決めても大丈夫か、と尋ねた私に音也様は実に素晴らしい笑顔で、もちろん!と親指を立てていたので……Sクラの皆さん、文句はこの赤毛までどうぞ。 お弁当係りを任されたところで林檎さま…いや、林檎先生が来たので打ち合わせは終わりとなった。 ……一度、林檎様と呼んだら本気で怒られてしまったので、先生と呼ぶことにしている。 と、ここまで思い返したところで、持ってきたミュージックプレーヤー(MPさん)の存在を思い出した。ぼぅっと待つのも暇だし(私が早く来すぎたようだ)イヤホンを耳に詰め、曲を流す。 有名なアーティストや、マイナーなバンド、クラシック……とタッチ式の画面をスライドしていると、(自作)という文字を見つけた。 「うわ、懐かしい!」 その文字をタッチすると、昔に趣味で作っていた曲が何曲か入っていた。恥ずかしいからUSBに残してあとは消したはずなのに……。なんで? ……あ、そうか。早乙女学園にくるときに参考になると思って突っ込んできたんだ。何忘れてんだ私のアホ。 題名がかなり痛いけど、そこはご愛嬌。昔に衝動のまま作ったので仕方がないといえよう。今でも聞けば思い出す旋律の数々。歌ってみようかな、とちょっとだけ思った。 歌詞を付けてないので、"あ"だけで奏でられる簡単な歌。座って歌うだけじゃそのうち物足りなくなって、私は立ち上がった。ブルーシートから離れると、息を吸い込む。 歌詞なんて即興でいい。ともかく、この気持ちいい自然の中で歌っていたかった。そういえばよく、暇さえあれば歌っていたな。と自由だった子供の頃を考える。 なんだこの開放感。まだ集合まで時間はあるし、いろいろ歌っておこう。真斗様は集合十分前には必ずくるから、それまでにやめればいいや。 「ひとりだから恥ずかしくなーい!」 でーん!という効果音とともに両手を突き上げると、次はバラード調の曲が流れた。 「…あ、これ」 手をゆっくり下ろす。 「私が最後に作った曲じゃん。懐かし…」 どうしてあの時は作曲を止めたんだろうか。よく覚えてなくて首を振った。覚えてないならそれでいいや。 「は、はは……」 なんとなく、悲しい気持ちになった。 「…誰?」 がさっ、と茂みが揺れたのに気付き、眉をひそめて声をかけると人が一人、顔を出した。しかし、知らない顔である。 「……今の歌は、貴方が?」 「はい、私ですが…それがどうかいたしましたか?」 「…、あの」 「ああー!いたいた、よかったぁ〜見つかって」 その人が何か言う前に、今度は知ってる声が聞こえた。音也様と、那月様と翔ちゃんが顔を出す。使用人の笑みを浮かべて頭を下げる。 「お待ちしておりました。音也様、那月様に翔ちゃん。と、もう一人…」 「お待たせ!あ、そうそう。こっちは一ノ瀬トキヤ!俺の同室でSクラスにいるんだ」 「…一ノ瀬トキヤです。本日はお誘いいただきありがとうございます」 自分で紹介できる。と音也様を睨むが、それに気づかないようで後ろを向いて、早く早く!と叫んでいる。 「一ノ瀬様、初めまして。わたくしはひじり、あ、あと…。私は山瀬あずまです。元、聖川家の使用人です」 「元?」 いぶかしげに聞き返した一ノ瀬様に、苦笑いしながら事情を話すと、なるほど。と頷いていた。そのときに全員揃ったようで、私は全員を場所に案内した。 「わあっ!あ、あのあの、これってあずまちゃんが作ったんですか!?」 「ええ、春歌様。味には少々自信がありますよ」 にこー、っと春歌様の天使のスマイルに私的スマイルを返すと、春歌様は恥ずかしそうに顔を伏せた。 「レディの料理か。……うん、美味しいね」 「レン様、相変わらず手の早いことで」 「レディに対してはかなりゆっくり進んでると思うんだけど?」 「そのまま機能停止してくださるとありがたいですね」 いつもの軽い言い合いをして、他の人たちとの会話も楽しんだ。で、そろそろ話もヒートアップしてきた頃……。音也様が突然ねぇ!と私の腕をつかむ。 「え、音也様……?」 「もう、やっぱり我慢できない!様付けしないでって言ってるのに!」 「その、癖でして…すみません」 「気にするこたぁねぇよ、無茶はするなあずま」 「翔ちゃん………」 「ほらぁ!なんで翔だけ翔ちゃんなんだよ〜」 「……真斗様ぁ……」 泣きそうな顔でヘルプを求めてみるが、真斗様は平然と、 「もっともだな。あずまも、そろそろなれたらどうだ」 と言ってのける。最愛の真斗様にまでそう言われて逃げ場を無くした私は、あー、とかうー、とか言葉にならない音を吐き出すだけ。 「…あずま、照れてるのか。やはり」 ぼそりとつぶやかれた真斗様の言葉。まさに図星だったので動きを止めて、真斗様っ!と叫ぶ。すると音也様がキラキラと目を光らせながら身を乗り出す。 「へ!?照れてるの!?」 「ううううるさいですよ音也様!」 「へーふーんほぉ〜う、照れてるねぇ……」 「レン様近いッ!ちょっと止めてください!」 音也様と、話を聞いていたレン様に詰め寄られ、私はじりじりと身体を後ろへ傾けていく。と、ぽすんと誰かに抱きかかえられてしまった。おそらく、那月様。 上を見上げると黄のふわふわした髪が見えて、やっぱりね。と肩をすくめた。どうでもいいがこの格好で肩をすくめるのは難しいみたい。 「真斗さまぁ……あう〜」 「ね、七海もあずまに名前で呼ばれたいよな?」 「ふえっ!?ななっ、なんですかぁ!?」 一ノ瀬様と喋っていた春歌様はビクリと肩を震わせ、こちらを伺ってきた。那月様に抱きかかえられ、音也様とレン様に迫られてる私。恥ずかしい体制だが、助けを求める。 「ヘルプ、です。春歌様」 「……私もあずまちゃんに春歌って呼んでもらいたいです」 春歌様よ、それは交換条件ということか。 私はとうとう腹をくくり、那月様から抜け出した。 「えーそうですよ!どうせ恥ずかしくって様が外せなかっただけですよ!……笑うなら笑えばいいじゃないですか」 「あはははは」 「レン様死にますか?」 「うん、遠慮しとくよ。……それよりも、口の悪さは昔から変わらないなぁ」 「レン様、そんな昔のことは忘れるのがよろしいかと」 はるか昔に、遊びに来たレン様に真斗様をいじめられ頭にキた私は思いつく限りの罵詈雑言を浴びせてしまった覚えがある。私の中で一番忘れたい黒歴史だったり…したり。 ともかく、半ば無理やりに様を外すよう説得された私はため息をつきながらそれを承諾するのだった。 ―――――――――――― ピクニック楽しそう……。 人物多いと誰かが空気になりますよねー。 12.10.04 |