いいや、こんなことが許されるはずがない。もしくは何かの手違いだ。 嘘、嘘だと言ってくださいお願いします! 「残念だがあずま、ここで…」 「真斗様!ああ、私が離れている間にもしものことがあればどうなさるおつもりですか!ええ、知ってますよ、真斗様がお料理もでき、裁縫の腕も素晴らしいことくらい!もう他家のメイドに自慢してまわるくらいです。しかし真斗様、やはり私は不安でございますぅううう!」 「あずま、だから落ち着いて、」 「いいえ真斗様!もし同室の輩がそっちのけがあった場合どうするつもりですか!いいえそうでなくても、同室の人とそりが合わなかったり、一緒にいるだけでストレスになるような相手でしたら!それこそわたくし心がねじ切れそうでございます!」 「あずま、じぃのようだぞ。しっかりしろ!」 「はっ、いけない……。ともかく真斗様、私はこの部屋割りに納得がいきません。抗議してまいります」 「はい、はい。ストップお二人さん」 くるり、と踵を返して走り出そうとした瞬間、鼻先に誰かの胸元があった。同時に声が降ってくる。 「おや、誰かと思えば神宮寺様ですか。どうしたんです?」 「いやね、君たちがそこにいると俺が部屋に入れないんだよ」 困ったように眉を潜めた神宮寺様は、さらりと髪を払った。見惚れるような動作だが、あいにく私の心は真斗様のもの。動揺せずに頭を下げた。 「申し訳ありません、神宮寺様。……時に神宮寺様、」 「レン」 「……神宮寺様、部屋がここですと?」 「レンって呼んでくれたら答えるよ、レディ」 「…。私は使用人です。それも聖川家の。レディと呼ばれる立場ではありませんし、他家の御子息様を名前呼びできるような人でもありません」 「聖川、君はここにもメイドを持ち込むのかい?」 私を見下ろすと、真斗様に挑発的口調で言った。真斗様がぐっと拳を握りしめる。いけない、真斗様に被害がいってしまう。 「違います。私はここの生徒です」 「でも、メイドみたいな仕事をしてるんだろ?」 「それは………私は真斗様の専属ですから」 「結局、どこにいってもすることは同じじゃないか。聖川も酷なことをする。15歳のレディを、専属というかせで縛り付けるなんて。その年だったら普通に学校にいって、友達をつくって、普通に生活してる年だろう?」 「神宮寺様!!!……真斗様、気にする必要はありません。私は真斗様にお仕えしたくて、この仕事が楽しくてやっているのです。ですから、真斗様が気にするようなことでは」 「しかし、あずま……」 口元に指を当て、考え込む真斗様。神宮寺様がさらに畳み掛けるよう言葉を吐いた。 「一線ひいた、メイドという立場で友達なんてできると思うかい。げんにさっきも、名前で呼んでと言っても立場がどうこう言うじゃないか。酷いやつだ」 「真斗様は関係ないっ!!真斗様、いいのです、私はこれでいいのです!!私から真斗様の専属をとっては何も残りません!いいのです、これで!」 悲鳴のように言うが、真斗様は静かに首を振った。あずま、と真摯な声で肩に手を置かれる。 まっすぐな眼差しに、ドキリと胸が高鳴った。 「真斗様…」 「あまり、この手は使いたくなかったんだが…しかたあるまい」 「ッ…!」 専属を外す、と言われるのだろうか。それは嫌だ。嫌だ、聞きたくない。 こぼれそうな涙を、どうにかこうにかこらえていると、真斗様が唐突に頬を撫でた。 「命令だ。ここにいる間はその………俺の友達として接して欲しい。もちろん、嫌なら嫌と言ってもいいんだぞ……?」 不安そうな目でうかがう真斗様の言葉に、一瞬なにを言われたのか分からなくなった。その意味をゆっくりとかみしめていく。 「友達、ですか?」 「そうだ。だから、使用人のようなことをしなくてもいい。俺も、少し自立してみようと思うしな」 「そんな、真斗様……」 「だからあずま、いいな?」 「……はい、真斗様」 その様付けもやめて欲しいのだが、とつぶやいていたが、さすがにそこは譲れない何かがあるので、譲歩してもらった。話が一段落ついたところで、神宮寺様が後ろから抱きついてくる。 「よかったね、レディ。俺のことはレンって呼ぶように」 「神宮寺でいいぞ。こいつのことは」 「わかりました、真斗様」 真斗様の刺のある言葉に即答で返すと、抱きしめられたまま神宮寺様が頬に手を寄せてきた。すっ、と動いて唇をなぞる。ぞわり、と鳥肌が立った。 「レンって呼ばないと……どうなるかな?」 「真斗様私の貞操の危機です」 「許すまじ神宮寺」 「レンって呼ぶだけだろ?」 「……レン様。これで妥協してください」 「しぶしぶって感じだねぇ〜。OKわかった。いいよそれで」 神宮寺様…ではなく、レン様は私から手を放してウインクを一つ。使用人にまでそういうことをするとは、博愛主義も行き過ぎると感動を覚えます。 レン様から距離を取ると、じとーと睨みつけた。すっと間に真斗様が入って私を守るように立つ。何気ない優しさに感動しながら、にやける頬を抑えようと必死になっていた。 だから。 「あずま」 「はっ、はい真斗様」 「もうあたりは暗い。部屋に戻ったほうがいいだろう」 「はい、真斗様……」 「うむ、ではまた明日」 「何かあればすぐにお呼びつけくださいませ。向かいます。では」 だから、気付かなかった。何気に話をそらされていたことを。私はあの部屋割りに納得なんてしていない。そういえば!とはっとして後ろを振り返ったときには、もうかなりの道を進み二人の姿はちりほどにも見えなくなっていた。 「真斗様…なかなかやりますね。さすが真斗様」 常に一歩先を行く真斗様を本当に尊敬する。女子寮に入り自分に当てられた部屋へ行くと、どうやら先に同室の子が来ていたようだ、いらっしゃーい!と声をかけられた。 「……おや、貴方は…たしか」 「おおっ!?誰かと思えばあの子じゃん!ええっと、聖川くん?の使用人さんっ」 「はい。ええと、ひづき様でしたっけ?」 「そだよ〜。日比谷ひづき。同室かぁ、こっちでもよろしくだねっ。あ、もしかして敬語使ったほうがいい?」 同室の人はなんと、友千香様のご友人らしいひづき様だった。偶然に驚きながらも、びくびくと見上げてくるひづき様に笑いかける。 「いいえ、タメ語でいいですよ」 「使用人さんだから?」 「……違いますよ。その、同室だし、かたい雰囲気じゃあれですし…」 「なぁんだ、そゆこと!なんだもー君いい子じゃん!やっばい嬉しい」 最高!と手を握られ上下にぶんぶんと振られる。教室でも思ったけど、スキンシップ激しい子なんだな。苦手ってわけじゃないけれど、やっぱりどきってする。 「あずまも…あ、あずまって呼んでいい?」 「いいですよ」 「やった!じゃあ私のこともひづきでいいよ。様付けられるとこっちも畏まっちゃうからさ、呼び捨てがダメだったらせめてひづきさんって呼んでほしいな」 「え……」 基本、人のことは同僚以外ほとんどが様付けだったから、これが当たり前のようだったけど、たしかに畏まってしまうものなのかもしれない。 いい機会だ。真斗様も、使用人ではなく一人の人間として接するのがいいと思っていたようだし、普通に呼んでみよう。実は憧れてたなんて言えない。 「ひづき…さん、でいいんですか……?」 「っ……!か、可愛い……。この子可愛すぎる。いいよひづきさんで。ついでに敬語も外すように!」 握られた手を引き寄せられ、ぎゅーっと強く抱きしめられる。こんな私よりもひづきさ、ん、の方が可愛いと思うんだけどなぁー。 どうにかして彼女の腕から抜け出すと、談笑しながら荷物整理をすることにした。明日から、楽しい一年間になりそうです。まる。 (あれ、作文) ―――――――――――― あれ、作文。 12.08.15 |