「なんと皆さん、今日って三十一日なんですよ、知ってましたか?」

足で扉を蹴破るよう入ると、六人が振り向いた。

「足で開けないように。行儀が悪いですよ」

トキヤくんが真っ先に口を出してきた。今更だって、と手を振る。

「それで。今日は三十一日です!何の日だ!」

「まぁ、年越しですが………何か」

「ちょ、クール…。それにしても早いものねぇ。あなたたちがやってきてすでに六日目なんだよー?」

というわけで、と私は手を打った。

「年越しそば作っちゃいました!」

午前、午後は全て大掃除で潰してしまったため、すでに時間は夜だ。おばは仕事でゆっくりできたことないから今日はのんびりする、なんて言って部屋にこもっている。

あとで年越しそばでも持っていくか。

「蕎麦っ!やりぃ!」

「さっすが時雨だぜ!」

どや、と蕎麦を見せると、音也くんと翔くんが嬉しそうに駆け寄ってくる。ちゃぶ台程度の広さの折りたたみテーブルを取り出して六人を拉致ると(だってトキヤくんが嫌がるんだもの。大人しくしろ!)皿を並べていった。

「手拭きもこの通り!絶対手ぇふいてから食えよ〜」

私はおばに蕎麦持っていってくる、と立ち上がると蕎麦を取りに行った。片手に自分の、片手におばのを持ちながらまずおばに渡しに行く。

「ねーさん蕎麦ですよー」

彼女はおばちゃんというと、怒らない代わりに酷く切なそうな表情をする。そこで怒るのだったらからかいようがあるのだが、しゅんと頭にキノコでも生やしそうな勢いで凹まれると面倒だし、なんとなく可哀想なもんで彼女のことは姉さんと呼ぶようにしている。

数秒おいて、う〜ん、と微妙な声が返ってきた。私は苦笑しながら扉をスライドさせると和式な彼女の部屋へと入った。彼女は正座したまま机に頬をつけている。寝てるのかな、と思ったら身体を起こしたため、軽く微笑んで蕎麦の乗ったお盆を落ちない位置に置いた。

「ここに蕎麦おいとくね、ねーさん。いつもお仕事お疲れ様」

「ありがとー。いやぁもうこんなに家庭的な子になっちゃって!私嬉しいわぁ〜」

疲れのにじみ出る声。徹夜続きでなんとか正月休みをもぎ取ってきた、と言っていたから相当苦労したんだろうなぁ。

その姿を見ていると、私も何か彼女の役に立たないと、と思う。任せられたこの家を、彼女の帰る場所を整えるのだ。少しでもこの場所を居心地のいいものに…。

「いつもお世話になってますからね」

「ふふっ。私もお世話になってるわ。ごめんね、勉強で忙しいのに家の仕事まで押し付けるような形になっちゃって…。この部屋も、掃除してくれてるのでしょう?」

「当たり前のことをしているだけですよ。少しでも貴方に楽してもらいたいし、恩返しをしたい。ねーさんが居なければ、今頃こんな元気な私は居ないんですもの!」

へへっ、と笑うと頬に手が添えられる。ペンだこがある…。この手で彼女は働いている、皆に幸せを届けているんだ…。その手が私の目元を拭った。いつの間にか頬が湿っている。

「ごめんなさいね……。辛いこと思い出させちゃったみたい。私は少しでも貴方に前の元気を取り戻してほしくて、でもこの話題は失敗……、」

「ねーさんと一緒に暮らせるだけ、それだけでも私には勿体ないくらいの幸せですってば。そんな顔しないでくださいよ、ほら、笑って笑ってー」

私の分のそばを適当に置くと、彼女の頬をぐにっと引っ張った。ひはいひはい、と何か言うけど、私は知らんぷり。大晦日の日にしんみりさせた罰ですよ。

「炊事洗濯掃除勉強、私の毎日はこれだけですっごい充実してます!意外とやりがいがあるんですよ?ご飯なんか、明日何作ろう、ここをこうしたら味が良くなるかも、なんて工夫できるし、掃除も毎日やってると効率いい方法覚えるし!だからねーさんは自分の仕事をバリバリやってくればいいんですー!…ねーさんの絵、私好きだよ。皆キラキラしてて楽しそう」

「時雨ちゃん………」

「おおっといけない、私部屋でしなきゃいけないことあるんだった。もう戻るね。それじゃ!」

びしっ、と敬礼をするフリなんてしてみてから、自分の蕎麦を持って二階に上がった。

「よいしょ、ただいま!皆もう食ってる?」

「おかえ……時雨?」

「なによ、音也くん」

ぴた、とこちらを見て音也くんが固まった。むすっとしながら皆のところに自分の蕎麦を置いて座る。

「何かあったのかい?時雨」

「レンくんまで、なんだよ一体」

座ってたなっちゃんが立ち上がって机に置いた私の手を握りしめる。ちょいちょい、と手招きされて顔を近づけると、そっと頬に触れられた。

「悲しいこと、あったんですか?」

「ちょっとね、でももう大丈夫だよ」

蕎麦が冷える、となっちゃんの頭を撫でてから箸をつかむ。うん、我ながら素晴らしい手打ち蕎麦だ。ずるずると麺をすする私を、皆は心配そうに見てた。

……泣いてたのかな。

頬に飛んだ汁を拭うふりして、私は目をこすった。大晦日だからなのか、しんみりしちゃうな。昔は大晦日っていったらすっごいワクワクして、夜まで起きてるって駄々をこねたものだったよ。

今はまったく違うけど。

「…自分の小さい身体が憎いよ」

「どうしたの、レンくん」

「悲しんでるレディをこの腕に抱きしめられないなんて、苦しいじゃないか」

「……ふふっ、ありがと。でも私はレディって器じゃないよ。レンくんの大事な人に、それはしてあげてね」

たとえば、春歌ちゃんとか。

私が言うと、皆いっせいに息を呑んだ。

「皆、春歌ちゃん、ていう子のことが大好きなんだね。前にお話ししてもらったでしょ?そのとき、みーんなすっごい楽しそうに話してた。それ見てわかったんだ。春歌ちゃんって子は、皆の大切な子なんだってね」

「それは大切に決まっているだろう。彼女は、俺たちの仲間だ。大切な作曲家だ。大切な人だ」

「わぁ、真斗くんってば情熱的!」

(羨ましい)

カマボコを掴んで口に方りこむ。シルがいい感じにしみていて、生あたたかかった。おおう、私ってば何を考えているんだろう、今まではこれで満足してたのに、こやつらと生活するうちに誰かのぬくもりを求めるようになっていたというのか。

自分の馬鹿な考えに吐き気がした。シリアスもいいところじゃないか、でも一度考え出せば止まらない。

ことん、と器を机に置いた。口元を覆って立ち上がる。

「ダメだな私。私以上に不幸な子なんて沢山いるんだ。だから泣いちゃダメなんだ」

ぼそり、と呟いたあと六人に笑いかけた。

「ちょっと、頭冷やしてくる」

「おっ、おい、時雨!」

「時雨さん!?」

バン!と扉を開けて下に降りる。これ以上弱い自分を見せていたくなかった。今では充分幸せだし、今更両親がいないことを嘆くことはない。なのに、なぜかあの時の寂しさが押し寄せて来て、ついつい出てきてしまった。

「ねーさんコンビニ行ってくる!」

「いってらっしゃ、」

「つまみは魚でいいね!」

「は?あ、うん………」

私はコンビニへと走った。途中でコートを忘れてきたことに気がついたら一気に寒さを自覚するようになったけど、頭冷やすには丁度いいかもしれない。はぁ、と吐く息が白くて、冬なんだと思う。

「……暗っ、」

コンビニへの道を一人歩きながらあたりを見回した。街灯はあるけど、たよりない光。こえぇ、と眉を潜めた。ふと、そばの家からテレビの音が聞こえた。どうやら年越しまであと十分やそこららしい。なるほど、深夜だったからこんなに闇が深いんだね。

(……やつらと年越し、もう絶対ないことだよな、そういえば)

それは寂しい。年越しくらいはしなければ。まず一人でこんな夜道なんかで年越したくない。どう考えてもお先真っ暗今年イイことないよねルートじゃないか。

「よし、走ろう」

少しは頭も冷えた。きっと私は、みんなと暮らすようになってから、いつの間にか家族の温もりを思い出してしまったんだろう。事故で小さい頃に死んでしまったので、あまり一緒に居られなかった。その温もりを久々に思い出して、ちょっと感傷的になってしまっただけなのだ。今は感傷的になるよりも、みんなとの一瞬を優先しないと。

そうと決まれば話は早い。コンビニでねーさん用につまみと、切れてたお菓子のストックを購入、ついでにプチシュークリーム。四個入りをふた袋買ってヤツらと一緒に食べよう。

ふんふん、と袋を手にのんびり歩いていると、さっきの家のテレビから、残り三分ということが聞こえた。

「やばい間に合わない」

ごめんコーラ、と謝ってから私は袋を抱えて全力で家に向かった。静かな夜だからこそ聞こえる、あちこちの家のテレビの音、笑い声、大晦日なのに喧嘩してる家もある。

私の街って、こんなところだったんだね。

呼吸が苦しくなってきた。運動は苦手だから走るのが苦しい。それでも止まったら間に合わないという気持ちが頭をしめて、無我夢中で走った。

「っはぁ、はぁ、あと、少し、っは」

視界がぼやけてきた。あれ、なんで私こんなに頑張っているんだろう。

そっか、とりあえずヤツらがそんなに好きになっていたのか。

おお、私ってば大分進歩したじゃん、えらいえらい。とにかく私をこんなに走らせた六人には理不尽だがあとで文句を言わせてもらおう。自分から外に飛び出したことなんて棚に上げまくって。

そんな風に阿呆なこと思ってるうちに、家が見えた。ラスト一分、興奮気味に叫ぶ司会者の声が聞こえたような気がした。

「ま!」

語尾だけ言って二階へ駆け上がる。うるさい子供でごめんなさい、ねーさん。ゆっくりしてもらいたかったけどわがままな私のせいでうるさかったでしょう。

「みん、な!」

扉を開けると、祈るようにカウントダウンしてる皆。私を勢いよく見ると、さまざまな表情を見せた。

怒ってたり、笑ってたり、泣きそうだったり、呆れていたり。

「残り、三十秒です。詳しくは後でみっちり聞きますので、今はカウントしましょうか」

トキヤくんが冷静に時計を見てそう言った。私は頷く。

「十!」

ぴょんと飛び上がって音也くん。

「九!」

元気に翔くん。

「八」

ほっとした表情で真斗くん。

「なな〜」

ふわふわマイペースの那月くん。

「六!」

ウインクしてレンくん。

「五」

音也くんを指さして、トキヤくん。

「四!」

音也くんと翔くん。

「サン」

那月くんと、彼につかまった翔くん。

「にー」

真斗くんとレンくん、トキヤくんが私を指さす。

「いちっ!!」

私が叫んだあと、音也くんが皆で!と手を上げる。

「ぜろぉおおおおおおお!!!」

はっぴーにゅーいやー。

「今年も、よろしくね」

浮かんだ嬉し涙を拭いながら、私は笑った。





その後、思い出したようにせきが出てきてそれが止まらなくて、床に倒れちゃったのは秘密にしたいです。でもその後すぐに六人が駆け寄ってきていろいろ声かけてくれたり手握ったりしてくれたから、倒れてもよかったかもなんて思ったり、思ってなかったり。

ちなみに、トキヤくんにはミッチリと説教されました。今回は私が悪いだけに誰も助けてくれなかったなぁ。薄情もの、明日の飯抜きにしてやる嘘ですごめんなさい。

――――――――――――
どっち方向へ行くの、私の話。
シリアス気味に行ったねぇ。自分はシリアスが好きなんで書きたくて書きたくてしょうがない管理人でございますわぁ。
12.04.14



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