「おっはよー!時雨、起きてるー?」 「…ふわぁ……ねむ……い」 誰かに肩を揺さぶられた感じがしてうっすらと目を開けた。窓から降り注ぐ光が憎らしい。これさえなければもう少し眠れたのに、カーテン仕事しろ。と昨日しめ忘れた自分を棚に上げカーテンにキレる。 もうちょっと。と言葉を投げかけようとして…目が覚めた。 「起きた?おはよー!」 「おはよう…じゃなくて音也くん!?!?なっ、ななな、なんでここに」 ついついお母さんかと思って。と肩をすくめた。 私の母は今はいないから、本当にそうだったらよかったのになぁ。 ちょっとだけ眉尻を下げた私に、音也くんはごめんと小さく謝る。 「そういえば時雨って……」 「言うなって。過ぎたことを気にしてもあの人たちに失礼でしょ。ほら、おはよう。なんでここにいるのかはあえて聴かないでおく」 どうせ非常識な答えが返ってくるに違いない。私は洗面台に顔を洗いに行った。ついでに私の喉のために水を飲み、音也くんのところへもどる。 音也くんはお茶を飲んでいた。あつあつのお茶が私の分も入れられていて、湯気を立てている。 「お茶、ありがと」 「どういたしまして。それでね、今日のことなんだけど、一回俺ん家行ってお弁当作ろうよ!あ、動きやすい格好でお願いね」 「何するの?」 「ひみつー」 「ふぅん…。あまりにもハードすぎるのは無理だよ。山登りとか、ロッククライミングとか、サーフィンとか、遠泳とか、ターザンごっことか、フルマラソンとか。いい思い出ないから」 ほかにも、とあげようとしたところ音也くんに制された。自分もお断りだよ、と顔を真っ青にして首を振っている。 「とりあえず!早く行こう!」 「はいはい、じゃあ着替えてくるからそこで待ってて」 「は〜い」 扉をしめると、クローゼットの中から昨日買ってもらった中でも動きやすい服装を選んだ。スカートをあまり好まない私は、七分丈のジーンズに絵柄つきのシャツ。上から長袖のパーカーを羽織って、はい完成。 「音也くん、準備完了だよ」 「よしっ、じゃあ行こう!」 満面の笑みを浮かべる音也くんに手首を掴まれ、部屋のロックもまともにしないうちにあれよあれよと連れ出された。音也くんに頼まれるまま二人分の弁当を作り、余ったものを朝ごはんに。 音也くんはなんかよく分からんが格好いいデザインのリュックに弁当を詰めると、ほかにもよくわからんもんをポイポイと入れた。私は手ぶらでいいと言われたのでそのまんまの状態でソファー待機。準備ができたのか、音也くんは来て来て、と手招きする。 「ねぇ、そろそろ何するか教えて欲しいんだけど…」 「なんだと思うー?」 スニーカーを履いて、階段をのんびりと降りる。音也くんはどうしても私に答えさせたいようで、わかるー?としきりに尋ねてきた。 「弁当だから……ピクニック?」 「はっずれー」 「ジョギング?」 「違うよー」 「じゃあ、散歩」 「違うなぁ〜」 「もう…じゃあ何だよ!」 「じゃん!サイクリングだよ」 丁度階段を降りたときに音也くんがネタをようやくばらしてくれた。しかし…サイクリングとな? 「レンタルするの?」 「ううん。自前。たぶん乗れると思うよ。俺のお古みたいになるけど……いい?」 「問題ないけど」 「よかった!」 ぱっと明るい顔になり、自転車置き場へと向かう。そこには数台の自転車が置かれていた。 「どれなら乗れる?」 「………」 「時雨?」 「こっ、これ、もしかして、もしかして、びあんき!?しかも、チェレステカラー!」 「知ってるの!?」 「うっ、うん!!」 音也くんの後ろで、ぽつんと置かれてる一台の自転車。音也くんの前に並べられたのは全部ハンドルが横一直線になってるタイプので、気を使ってくれたのがわかる。わかる、けど。 「私、あっちでは、トレックに乗ってたんだ。だからドロップハンドルもいけるよ!」 ドロップハンドルとは、ロードバイクと呼ばれる種類の自転車についている、持ち手が下に曲がってるタイプのハンドル。父が自転車マニアで、よくトレックに乗せてもらった。そして今は父ではなく私が使う用に。 ニマニマとあっちの愛車を思い出して笑ってると、音也くんも嬉しそうにビアンキを引っ張り出す。 「サドル調整してもいい?」 「オッケーだよ。自分の乗りやすいようにして」 「ありがと。わ、まさかビアンキに乗れるとは。色が綺麗だよね」 チェレステカラーという、淡い緑色に憧れの視線を送りながらサドル調整。たしか、ペダルを一番下に踏んだとき膝が軽く曲がるくらいがちょうどいいんだったよね。 「昨日のうちに全部整備は下から、空気はバッチリだよ」 「さすが音也くん。えっと、音也くんはもしかしてそれ、ジャイアント?」 「うん。俺が自転車にはまったきっかけ。安物だったけど愛着わいてるんだ」 「さすが。私もトレックは愛してる……よし、コースは音也くん任せで、行こうか!」 「おっけー。いい場所あるんだ!」 サドルにまたがると、おお、久しぶりの前傾姿勢。(サドルがちょっと高めに設定されるので、ママチャリとは違い前傾姿勢になるのだ)ペダルを踏んで先行する音也くんを追う。 しばらくは人の多い場所を通るからスピードなんて出せたもんじゃないけど、先に進むにつれて人通りは少なくなっていき、十分ほどすれば海沿いの道路に来ていた。 「いいね、道もフラットで走りやすそうだし、距離もあるんじゃない?」 「そうだよ。車はそこそこ通るけど……普通にしてればまぁ大丈夫。距離は大体二十キロかそこら」 「うん、丁度いいね。終点は?」 「ちょっと登りがある方に行けば展望台。平らな方がよかったら簡易公園かな」 「じゃあ、展望台行こうよ」 「大丈夫?」 「ふふ、わたくしを誰と心得る!」 「りょーかい、お嬢サマ」 音也くんは実に楽しそうに笑うと、ペダルを踏んだ。私もあとに続いて走り出す。くん、と踏み出すと海側から風が吹いてきた。ちょっと暑くなっていたから、丁度いいなぁ、と目を細める。 ガードレール下はまきびしみたいな形のテトラポットと海。遠くには船も見えた。都会にもこんな場所があるのか、と比較的田舎住まいの私は感心するばかりだ。しかし、本当に風が気持ちいい。 そこそこ広い場所に出て、ちょっとだけ横並びで走った。 「ねぇ、音也くん!」 「なに!」 「いい景色だね!海、綺麗!」 「でしょ!俺、ここよく走るんだ!」 「えー、暇とかあるの?」 「え?何か言った?」 「暇とかあるの?っていったの!」 叫ばないと会話が通じないのは大変だ。でも、楽しい。基本的に海沿いなので景色は変わらないけど、音也くんと走っているというこのセットが非常によい。 誰かとサイクリングって、こんなに楽しいもんなんだね。 二十キロという、長いようで短い距離を一時間ほどかけて走り終えた私が見たものは、展望台からの美しい景色。木々の緑、海の青、道路の灰色でさえ美しく見えた。暑い、と途中で脱いだパーカーは音也くんのリュックの中。それを見越してのちょっと大きめなリュックだったらしい。さすがだね、と感心したわ。 ひとしきり景色を堪能すると、次は備え付けてあるベンチに座って弁当を食べる。 「どう、音也くん美味しいかい?」 「うん!すっごく美味しいよ!さすが時雨」 「すっごく美味しいか!ありがとう!………冷凍食品」 「あはは」 急に言われたからそんなに豪華なものは作れなかったけど、二つの俵型おにぎり、冷凍でごめんね、ハンバーグに春巻き、ハンバーグの下には申し訳程度のキャベツの千切り。冷凍食品とは素晴らしいね。いろんなものに感謝感謝。 「……私ね、こっちの世界に来れて嬉しいよ。昨日みんなにも言ったけど。本当にそう思う。向こうで過ごした時間はけっして短くはなかったからね」 「俺、すっごい楽しかったの覚えてる」 「私も。……さ、そろそろ帰ろっか」 音也くんの背中をバシっと叩いてから、自転車にまたがった。一回、コツンと拳を合わせてから地面をける。 行く時それなりに厳しかった坂は、風の気持ちいい下り道にすっかりと切り替わっていた。 ―――――――――――― 自分の趣味のサイクリングの話になってしまいました。 実際に私の走るルートのことを参考にして書いたお話。 アンケで要望多かった(?)ので久々に更新。トリップだけ書いていたいのに(笑)でも楽しいからいいか。 12.12.01 |