あの日の出会いから、どれほどの時間が経過したのだろうか。枯れた木々は緑にかわり、桜の花びらが通学路をピンクに染める。

もうこんな季節なんだね、と私は足を止めて肩についた花びらを手にとった。今日、終了式が終わり明日から春休み。

皆は元気してるだろうか、アイドルとして多忙な日々を送っているのだろうか。最近思うことはそればかりである。ダメだな、自分ってば。

だけど、短い間だったが楽しかった二週間はいまだ色褪せることはなく、私の心の中で大切な想い出となっている。

「ただいま」

誰も居ない部屋に向かって言ってみても、返事が返ってくるわけじゃない。それにしてもどうしたんだろう、今日は。

こういうのを懐かしいなと思って思い出すことはあるけれど、今日みたいにほとんど頭をしめることはなかったのに。

「皆。私ね、休みがあければ学年一つ上がるんだよ」

机の上に大切に飾っている(と言っても、転がらないように入れている入れ物はバレンタインに友達からもらったチョコが入っていたヤツだが。仕切りがあって便利)ボールに語りかける。とりあえず鞄を置いて私服に着替えた。

お菓子でも摘むかな、いや太るから止めとこう。ああでもせんべいくらいはいいか。

頭の中であっさりとお菓子の誘惑に負けた私は、しばらくしてからお菓子の袋を持って戻ってきた。

そこまでは、いつも通りの日常でした。

「オーウ、YOUがMs.薄氷ですカー?」

「……誰ですカー?」

思わずとりおとしてしまったお菓子を気にする余裕もなく、あっけにとられる私。ベッドの上に怪しげな、グラサンかけたおじさんが座っていたら普通こういう反応をするだろう。

叫ばない私はむしろリアクション薄いと思う。それにしてもこの人誰。

「とにかく、YOUはMs.薄氷デスね!?」

「そうデース!それがどうかしまひっ、しましたか!」

噛んでない。

私はクッキーを拾うと扉を閉めた。おじさんはニヤリと不敵に笑うと、私に向かって指をつきつけた。

「準備はいいですねー?」

「あはは、なんの準備ですか」

「ではでは、楽しんできてちょーだいっ!」

突きつけられた指から光がほとばしり………。あれ、この無茶苦茶感どっかで味わった。と思いながら私は意識を手放した。


わけじゃなくて、気が付けば普通にどこかの部屋に座っていた。え、ここどこ私の部屋じゃない。マンション…っぽいなぁ。

「あ、あれれ…ここはドコ私は誰、私は薄氷時雨、名前は大丈夫」

ともかく、家主が帰ってきたら全く言い訳ができない状態じゃないですか。え、私どうすればいいんですか。

とても、反応に困りマス………。

とりあえず、座っていたソファーから立ち上がった。いかにも高価そうなソファー、絨毯に若干恐怖しながら何をしていいか分からずに立ち尽くす。

と、そこへ追い打ちをかけるような状況がやってきた。

ベランダの下の方から声が聞こえるのだ。どどど、どうしよう!?

がちゃり、と扉に鍵を差し込む音がして私は全力でパニックに陥る。

あの、おっさん、許すまじ。

次あったら覚えてろよ、なんて物騒なことを考えても時が止まるはずはなく………家主が戻ってきた。

プラン一、全力で謝る。

プラン二、逆切れる。

プラン三、いっそのこと泥棒をよそおう。

…。打開策、無し。

「っでさー、マジおかしくて…って、うわぁあああ誰だっ!」

「ごごごごめんなさいぃいいいい!あのっそのっ、私っ、気がついたらここ、に……。って、あれ、翔くん」

「え……時雨!!!!!!?」

土下座のために下げた頭を上げると、目の前にはいつか見た顔。

とても懐かしいな、と思って思わず涙腺がゆるむ。ああ翔くん、まさか会えるなんて思ってなかったよ。

「翔くんっ…翔くん!まさか会えるなんて思わなかったよ!」

ついつい駆け寄って抱きついた。本当に会ったのは久しぶりで、それにまた会えるとは思わなかったということもあり、ぐりぐりと頬を押し付ける。

「う、うわわっ、ちょ、やめ!」

「翔くん翔くん翔くぅうううううん!大きな翔くんだぁあああああ」

「わかったから離せぇえええええええ!!!」

ドンッ、とどつかれて私は少しよろめいた。翔くんは胸に手を当ててゼハゼハと息を荒らげている。

「あの、翔、くん?」

そのとき、ふと控えめな声が聞こえてきた。そちらへ目を向けると、あたふたと慌てて頬を真っ赤にしてる女の子。可愛いな、と思った。

「なに、翔くんの恋人?すみにおけないね」

「ちっげーよ!!こっちは七海春歌!前に話したろ?俺たちの作曲家だよ」

「ああーなーるー」

ぽん、と手を打つと、改めて七海さんを見る。神妙な顔で名前を告げると、どうも。と頭を下げた。

「はわわっ、あの、あの私は七海春歌、です…よろしくお願いしますっ!」

あ、可愛い。

「ええ、と。とりあえず翔くん、七海さんと用事あったんだっけ、先にどうぞ」

「え?お前は」

「私は勝手に寛いどくよ」

寝室かりるねー。と、前やってたように頭をポンポンと撫でると寝室らしき場所へ向かう。その瞬間、手をがっしりと掴まれた。

「……音也とか呼ぶから、そっちはダメ」

「えー?でもでも」

「お、ま、え、は!男の部屋だということを忘れてるんじゃないか!?」

「翔くんは翔くんだから、だいじょうぶい!」

「…………」

「あのあの、翔くんしっかり…」

ずーん、と落ち込んだ翔くんを慰める七海さん。本当にいい人だなー、と目を細めて見ていると、突然翔くんの携帯が鳴り響いた。沈んでたくせに、そういうとこだけ行動はやい翔くんは目にもとまらぬ速さで携帯を取り出すと通話ボタンを押す。

「もしもし、お世話になってます、来栖です……社長?……はぁ、はい……はい、って、ええええ!?それって本当なんですか!?………とりあえずわかりました、はい……は、い。それでは」

百面相電話を終えた翔くんは、私の肩に手を置き、深い溜息をつく。そしてそのまま七海さんを呼んだ。

「今日から一週間、仕事全部中止」

「えええっ!?」

「はぁあ!?」

「んで、仕事の代わりに、こいつの面倒を見ること、だそうだ」

「えっ、社長が言ったのですか!?」

「ああ、社長命令だ」

ぐったりしたように言った翔くんは携帯を再び開くと、疲れきった表情でメールを打った。送信ボタンを押すと携帯をソファーに投げ、ずっとかぶりっぱなしだった帽子を脱ぐ。

「えーと、なんかごめん」

「気にすんな」

「あの、すみません翔くん。私、まだ仕事たまってて…この一週間で終わらせちゃおうと思うんですが」

「んー?わかった、こいつの面倒は見とくから、春歌は曲に集中してくれ。たしか、ドラマの曲だったか?」

「はい!やっと任せてもらえるくらいになったんですよ」

七海さんは嬉しそうに笑うと、私と翔くんに頭を下げて部屋を出た。邪魔しちゃったかな…。悪いな。

私は、翔くんの横に座ると、まじまじとその顔を見つめた。んだよ、と眉をひそめる翔くん。その瞬間、また私は彼に抱きついていた。

「翔くんっ!小さいのも可愛かったけど、今なんか、なんてキュートなの!可愛いっ、やばい一家に一台レベルで欲しい!お嫁になって!」

「だぁああああっ、離せぇ!誰が嫁になるか!」

「でも、やばい!本当にカッコイイ!」

ぽろっと本音をこぼすと、それまで暴れてた翔くんがピタリと動きを止めた。何事かと顔をのぞき込むと、キラキラした目で、カッコイイってホントか!?と聞いてくる。

迫力におされて、コクコクと頷くと逆に抱きしめ返されてしまった。なにこの子可愛い。

「そぉーかそーか!かっこいいか!時雨、見る目あるなぁ」

「あは、あははは……」

そんな風に、いつの間にかもみくちゃにされること数分。ピンポーン、と部屋のインターホンがなった。

翔くんは、早っ、と呟いて私を解放するとドアに向かって駆け寄り、扉をあけた。どうやら声からして男の人のようで、翔くんの仕事の仲間とか、センパイかな?と首を捻った。

ともかく、私には関係なさそうだ。さっきの間についだ麦茶をゴクゴク飲みほす。

「うむ、美味い」

鷹揚に頷くとコップを戻す。話が長くなるようだったら部屋に入ってくるかもしれないし、場所を移した方がいいかな、と腰を上げたそのとき。

ダダダダダッ、と廊下を走る音が聞こえて咄嗟に私は身構えた。廊下から部屋をつなぐドアを開け飛び込んできたのは家主の翔くんではなくて、いつか見た赤髪くんだった。

「時雨っ!ほんとのほんとに時雨なの!?」

「ごっふぅ!」

頭突きするようにタックルをくらい、私は赤髪を支えきれずに尻餅をついた。尻が痛い。しかしそんなことお構いなしに赤髪はひっきりなしに私の名を呼ぶ。

「……音也、だね。君」

「そうだよ!覚えててくれたんだね」

「ええもちろん」

あなたみたいな強烈で(いい意味で)はた迷惑なキャラを忘れるはずない。…とうっかりこぼしかけて、慌てて飲み込んだ。言えば拗ねること間違いなし。

でも、大きな音也くんは見慣れなくてなんとなく変な気持ちになった。

「おい、一十木!時雨が困っているだろう」

「わぁ〜い、時雨ちゃんだぁ〜」

「……真斗くん?なっちゃん?」

あまりにもビックリして、ぽかんと間抜けな顔になった。やってきた二人は、チビの頃のから気づいていたことは気づいていたけど…とてつもなく整った顔をしていた。俗に言う、イケメン。

そして私を抱きしめナチュラルにセクハラしてくるこの男、音也くんも。

「……やば、格好いい」

凡人にはない、キラキラとしたオーラを纏った二人はこちらに駆け寄ってきた。真斗くんは音也くんをひっぺがし、なっちゃんは代わりとばかりに抱きついてくる。

おおう、大きな犬になつかれた気分。

よしよし、となっちゃんの頭を撫でてから、真斗くんの手を握った。

「真斗くん、本物!?」

「偽物ではないぞ。時雨。……久しぶりだな」

「ううっ、信号機の中で唯一の常識人っ…会いたかったぁあああああ!!」

なっちゃんを引き連れたまま真斗くんに抱きつく。座ったままだから動きにくい……けどグリグリと胸に頭をこすりつけた。私なりの愛情表現。

とりあえず、信号機どもと、家主の翔くんとの合流を果たした私なのでした。

(あと二人、トキヤくんとレンくんだ!)

――――――――――――
とりあーえず、番外編。
導入部分なので、あともういっこ似たようなテンションで続く。
12.07.03



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -