「ちっす!邪魔しまっす!」
扉を開ければそこは、普通に音也と一ノ瀬の部屋だった。
「おー、いらっしゃい時雨!でもごめんねー今日トキヤ居ないんだ」
何かを読んでいたらしく、ベッドに寝転がって仰向けになっていた音也は、腕をさすりながら起き上がった。慌てて本を隠そうとしないあたり、今日"は"普通の本を読んでいたのだろう。
……彼も男の子ですから。というそんな話は置いといて。
「あ、マジで?でも気にしない!お邪魔しちゃうっ」
「喜んでっ」
きゃはっ、とわざとらしく笑いながら音也&一ノ瀬の部屋にお邪魔する。音也ももう慣れたもので、突然の訪問も難なく受け入れるようになった。
ゲーム仲間でもあるし、勉強仲間でもある音也とはクラスは違うけれどそれなりにいい関係が築けていると思う。音也んとこの冷蔵庫を漁り私が前に置いていったポッキーを取り出すと封を切った。
チョコの甘い匂いがかすかにする。一本口にくわえると、音也にも袋を傾けた。もらうねー、と断りを入れて一本ポッキーがお嫁に行った。
「んで、今日もほらお菓子のストック買ってきた」
ドヤ顔でさおとめーとという、学園内にあるコンビニのような場所の袋を見せると、すげぇ。と目を細めた音也。よくお金がもつね。と呆れ顔で言われた。
まぁね。と返すと早速ポテチをひと袋開封。ポッキーやらポテチやら、お菓子の準備が出来たところでコントローラーを手にとった。
にやっ、と音也を振り返る。
「さて、一ノ瀬帰るまでゲームでもしちゃう?」
「しちゃおう、しちゃおう!……つか、どうせトキヤ帰ってきたら俺ほっぽってイチャイチャし始めるんでしょ〜」
じとー、と見てくる音也に苦笑いを返しながら棚をいじくりまわし、無双系のゲームを取り出した。
「とりあえず、コイツをクリアしたい」
「おーけー、了解」
とりあえず足りなくなるだろうからもうひと袋、ポテチの袋を開封し、それをつまみながらゲームに没頭するのであった。
「…………し」
「よっしゃ音也そっち行った!やってまえ!」
「……あの」
「まっかせてー!てやてやてやっ!」
「……こら」
「「いっえーい!」」
「貴方たちッ!」
「「あだっ!」」
真後ろからの声と共に、頭に鈍い痛みが走った。げんこつをくらったというのは、頭の痛みでわかる。不機嫌丸出しの顔で振り向けば、なんと一ノ瀬がすでに帰宅しているではないか。
「あ、おかえりーバイトお疲れー。さ音也続けよう」
「させませんよ、時雨」
仁王立ちしていた一ノ瀬に、あっさりとゲーム機を取られ、ああああ!と私は悲鳴を上げる。音也が、やれやれと肩をすくめた。
「ちょっと、一ノ瀬!それ返して今いいところなの!」
「ほーう、この私を放り出して、よりにもよって音也と遊ぶ方を選ぶと言うのですか」
ぎろり、と冷めた目で見られ私は、うっ、と言葉につまった。
「そ、そんなこと言わなくてもいいじゃない!」
やっきになって言い返す。そのままそっぽを向いて音也に飛びついた。
ぐらり、と勢いがついた自分を受け止めきれずに、音也と一緒に床に倒れ込む。わたわたと音也が慌て出した。
「ちょ!あの、時雨っ、は、離れ……」
「なんで!」
「いや、トキ…あ、うん……おねがい、離れてー」
「……ヤだね。誰が離れるか」
頬を膨らませつつぎゅーっと音也を抱きしめると、後ろからため息が聞こえてきた。そんなことされても振り返ってなどやらない。
思えばこの時の私は、少し寂しかったのかもしれない。一ノ瀬が最近バイトばかり、しかもそれが企業秘密(笑)とあれば一応恋人である私としては切なくもなるものだ。
彼のバイトが何なのか…私は知っている。いや、知っているよりも気づいているの方が正しいか。それはともかく、やっぱりプライベートとかそんなのはあるものの、あと少しでいいから曲作りとか、遊びとかに参加してほしい。
……彼のボッチ回避のためにも。
そんな思いがあるとは思ってもいないであろう一ノ瀬は、とうとう怒ったのか…なら勝手になさい。とだけ言って自分のベッドに倒れ込んだ。
「……ね、音也」
「ん?なぁに」
一ノ瀬に聞こえないよう小さな声で呟くと、音也も同じく小声で返してくれた。寂しい。と言う。
「一ノ瀬が忙しいのは知ってるし、文句はない。だけど…もう少し素直にならないかな」
「……え?時雨は、寂しいんじゃないの?構ってくれないとかで」
音也の疑問に、そんな!と首を振る。さらに音也が驚いたような表情になった。
「一ノ瀬は優しい。気遣ってくれるし、言葉もかけてくれる。抱きしめてもくれる。だから私はそれに不満なんてないけれど………なんかね、貴重な時間を私にさいてるじゃん?私にそれだけの価値があるのかなって思って……」
「だから最近、元気なかったの?」
「え、そう見えた?」
「うん。七海も、那月もマサも心配してた。もちろん俺も」
「…そう」
自分に自信がないんだろうな。なんて頭の片隅で思う。私は一ノ瀬と釣り合うような人間じゃない。自分を卑下するつもりはないが、過大評価もできない。
ネガティブ思考〜。と笑ってみる。
「あのさ、私、一ノ瀬が素直に私のドコが好きか言ってくれればいいと思うんだ。少しでも自信が持てる的な?みたいな?そんな思考」
「ふ〜ん……。それ、トキヤに言ってみたの?」
「なんで!恥ずかしい」
「それだ!」
音也が大きな声で言い私を指さす。しー!と沈めてから、私?と自分を指した。
「まずは時雨が言わないと。というか、あんなにイチャイチャしてるんだから意思疎通してるかと思ってたのに…」
「う、うるさいな!私は……その、好きだけどイチャイチャというほどはしてないし、節度は……うん」
「はいはい。それじゃあまず……トキヤ、どーせ聞いてたんでしょ?」
「は!?」
私は音也から離れて(今までくっついていたよ!)一ノ瀬を振り返る。タイミングよく起き上がったヤツは私を見てニヤリと口角を上げた。
「なるほど。そんなことを考えていたのですね」
「うっ〜……音也!おまえぇええええ!」
「気づかない時雨が悪い〜。ということでほら、行っといで」
音也に押されて、私はためらいながらも一ノ瀬の元へ向かった。手を伸ばせば触れられる距離……それから一歩下がった場所で止まる。
「あのさ、一ノ瀬」
「はい」
「…………。素直になれよ、ばか」
「……?」
「……ああもう!私にどこまで言わせる気!?あのね、私はアンタを心配してるの!素直になれないと友達なくすよ!?」
「ぶっ」
後ろで音也が笑う。私はそれを無視して、一ノ瀬を睨んだ。
「あと、恋人もなくすからね!」
「おや、それは困りますね」
「本当にそう思ってる?」
「ええもちろん。ものすごく困ります」
だって、と一ノ瀬が手を伸ばした。目ではかったデンジャラスゾーンは正確じゃなかったらしく、意外と長いその手に私は引っ張られる。
バランスを崩して、一ノ瀬の胸にダイブするかたちとなった。
「な、ななな…!」
「好きです。貴方のその真っ直ぐなところが。綺麗な音を作るこの指が。強気なその瞳が。何が起こってもへこたれない強靭な精神や、アホなほどにある体力…………。何もかもが好きです」
「え」
「これで少しは、自信が持てそうですか?」
「はぁ?」
「まず…私が貴方を選んだ。これ以上自信を持てることなんてありますか?」
「…ない」
むぅ。と頬を膨らましていると、よしよしなんて頭を撫でられた。いつもなら子供扱いするな、なんて怒るとこだけど、今日は気分がいいので見逃すこととします。
「……トキヤ」
滅多に呼ばない彼の名前を呼ぶと、腕をつかんだ。
「…あのね。あのね………………」
好きだよ。
言葉のかわりに、手の甲にキスを落とした。
(まったく、可愛らしいことをするものですね)
(ま、好きだからね)
(さっきのいじらしさはどこへ……)
(よし、仲直り?したから音也ゲーム!)
(ちょっ、来ないでトキヤの視線が!視線が痛い!)
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音也が可哀想な役であるwww
12.07.01
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