手にもった紙袋を見て、にやける頬を抑えきれなくなる。今日は私の大切な人の誕生日なんだ。
喜んでくれるかな。と私は彼の顔を思い浮かべては再び頬を緩めるのであった。
私の大切な人とは…。
那月ver.
「那月っ!」
私はたまたま見つけたその背中に向かって駆け寄り飛びついた。うわっ、と驚いたような声のあと、私の手をギュッと握りしめる。
「時雨ちゃん!どうしたんですかぁ〜?」
この声をきくと、やっぱりホッとする。ふわふわとした柔らかい髪も、優しく細められる瞳も好きだけど、やっぱり一番はこの綺麗な声だ。美しい声が大好きな私にとって、那月は最高の存在。
も、もちろん那月自身も大好きだ。むしろ愛してる。
この愛を伝えたくて、ぎゅっと後ろから抱きしめる力を強くする。ふと、こんなことをしてる場合じゃないと思って名残惜しいと思いながらも那月から手を離した。
え。と振り返る那月に、私は満面の笑みを浮かべる。
「あのね、あのね那月!渡したいものがあるんだよ」
「渡したいもの?僕にですかぁ〜?」
不思議そうな顔で首を傾げる那月に、私は手に持っていた紙袋を突き出した。
「ん!」
「え〜?」
「お誕生日、おめでとーなのです!」
にへらー。効果音にするとこんなに気の抜けた笑い。那月は恐る恐る紙袋を受け取ると、戸惑いがちにありがとうと言った。
「…ふふっ。もちろん砂月ちゃんの分もあるよ」
その一言だけで、ぱぁっ、と那月は顔を輝かせた。紙袋をぎゅっと抱きしめて、少しだけ俯いた。那月のことだ、感動しすぎて泣きそうなのだろう。自意識過剰とかじゃなくて、今までにもあったからそう思うだけだから!
「もうっ、時雨ちゃん大好きですッ!ぎゅーってしていいですか、いいですね!ぎゅ〜!」
「ひゃぁぁぁぁぁああ!ちょっ、那月!やめっ、ちょおおおお!」
この場所が人の通るかもしれん道だということに今気づいた私は、慌てて那月を引き剥がそうとしたが……那月の力が半端なく強いということを忘れていた。びしばし叩いて苦しいアピールと恥ずかしいアピールをするが、あまり聞いてくれていない。
「な〜ちゅ〜き〜きゅ〜ん〜?」
「えへへ」
「可愛く笑ってもダメですー。こら、放しなさい」
「むぅ〜……。残念です」
ぱっと放された腕。ちょっとすーすーするな、と那月のぬくもりを思い出して肩をすくめた。一緒歩こー。と那月の隣に並ぶ。
「那月、手ぇつなごうよ。たまにはいいでしょうシャイニーに文句は言わせないから」
ねっ?と強引に押し切ると那月の手を握った。暖かくて、大きくて男の人って感じの手だ。私はこの手が大好き。
那月と私、目指すものも見ているものも違うけど、途中経過までは一緒に歩んでいきたい。こうしてお互いニコニコ笑いながら歩いていると、那月がアイドル志望ということを忘れてしまいそうだ。そして、私が作曲家志望ということすらも。
恋愛禁止、とまでは言われていないが、この学校では恋愛はよくみられていないのが現実。その中で、私と那月はシャイニーの厳しいしごきゲフン試練を乗り越え、根性で付き合うこととなった。あの時の苦しみは忘れない。むしろ、あれがあってこその私たちだと思う。さらにつながりが深くなったと思われる!ああそれと。
シャイニーの前でしたドヤ顔は一生忘れないだろう。
「ねー那月」
「はい、なんでしょう」
「それさ、一応ピヨちゃんのぬいぐるみだからさ、部屋に飾ってあげてね。砂月ちゃんは嫌がるかもだから普通にマグカップと五線譜でも」
「っ、はいっ!ありがとうございますっ!」
「ふふっ、那月、かーわいい」
「時雨ちゃんの方が可愛いですよぉ〜」
「いやぁ、那月でしょぉ〜」
うふふあはは、と笑いあいながら私たちは那月の部屋へと向かった。
その後は…密かに持ってきていたバースデイケーキを部屋にいた翔ちゃんと一緒に、三人でのんびり〜と食べましたとさ、ちゃんちゃん。
翔ちゃんver.
「翔ちゃんっ!」
探した、おまえそこに居たのか!レコーディングルームの扉を開けて私は、くわっと目を見開いた。
「うぉわっ!………なっ、なんだ、お前かよ…」
「私で悪かったな、チビっ子」
「ちびっ子言うな!お前だってチビだろチビ!」
「はぁん!?んだとこるあぁ!カルシウム取らんかいチビぃいいい!」
「ちびじゃねぇえええええ!」
「うっさいわよ、ち、…………って、こんなことしに来たんじゃないわよ…」
「は?何か言ったか?」
「いいや、何も。さぁ、曲作ろうかそのために探していたのよ、馬鹿」
「ちびの次は馬鹿かよ、おい」
「はんっ」
鼻で笑うと、乱暴に椅子をひいて腰掛ける。んだよ偉そうに、とぶちぶち言いながらも翔ちゃんは私の隣の椅子に移った。
どこだよ、と身を乗り出す翔ちゃんを見て、きゅんと心が反応した。バカバカ、落ち着け!と自分に言い聞かせて、ついでに太ももあたりを強くつねりながら五線譜を見せた。
「とりあえず、課題は完成したからアンタが歌うだけね。歌に妥協はしないわ、全力で取り組みなさい」
「ったく、上からだなぁ……。わあったよ、じゃあ行ってくる」
「はよいけ、曲流すぞ」
(……あああ私ってば!印象悪っ!最悪じゃん!)
長くパートナーをやってるから慣れてるだろうとはいえ、それに甘えていればいつか見放される。自分の辛口というか、そっけなさに唇をかみしめながら曲を流した。イントロが流れて、きゅっと引き締まった唇が開かれる。
紡がれる曲は、翔ちゃんをしっかりと表しているようで…明るく私に元気を与えてくれるようなそんな歌。私が曲を作ったとはいえ、やはり賞賛したいくらいだ!
「さすが翔ちゃん。私の曲を完璧に生かしてくれる」
ぽつり、と呟いたその時に曲が終わった。マイクを切って翔ちゃんが出てくる。
「で、どうよ」
「はんっ。まぁまぁだな。もっと私の歌を生かしてくれないと!翔ちゃん、高音がダメね。ハッスルするのもいーけど、声が安定してないよ。ビブラートはいらないの、このシーンは。それを踏まえて、もういっちょ行く?」
「っ………ああ、行ってやんよ!」
「よし、それでこそ翔ちゃん。さ、行きたまえ」
「くっそ、ぜってー満足させてやる」
「その息よ。素晴らしいわね」
翔ちゃんを挑発してブースに押し込む。……隣にいたらアノコトを言っちゃいそうで、まだまだダメだってば、と自制する意味で翔ちゃんを引きはがした。
あれを出すのは、彼が素晴らしい歌を歌って、私が満足してから。そしてそれは絶対今日中に達成する。させてみせる。
それから、歌い終わっては出てきて私に聞いてくる翔ちゃんを、びしばしとしごいていくこと数時間。
「っ、はぁはぁ…………どう、だっ!」
「…………」
「時雨、どうなんだよ」
「……ぐれいと!すっばらしいわ!それでこそ翔ちゃん…ありがと、これで私も言えるわ」
「はっ、あったりめぇだ!……て、は?何を言うと?」
ポカンとする翔ちゃんに、私はニヤニヤ笑いをやめ、真剣な顔で向き直った。懐に手を入れると、一枚のCDを取り出す。
無言で、それをデッキに入れた。
「お、おい」
「いいから聞いて」
何か言いかけた翔ちゃんにストップを掛けると、再生ボタンを流す。流した曲は、私が作った曲だった。
今日のためだけに、彼のためだけに、課題の合間や練習の合間をぬってひねり出した時間で制作をしたバースディソング。というか、応援ソング。
歌は、拙いながらも私が歌いました。これでも合唱部やってたし、ここに来てからはボイトレもやって凡人よりかはうまく歌えている……はず。
最後に、私のメッセージが入っていた。
『来栖翔!…まずは、誕生日おめでとうと伝えておく。いつも…その、ワガママな私に付き合ってくれて感謝するよ。ああもう、話がまとまらない…。つ、つまり私は翔のことが好きだ!あっ、て、別にそういう意味じゃなくてだな………その、いちパートナーとして尊敬してるというか、自慢できる素晴らしいパートナーというか。お前の歌にはいつも力をもらっている。だから………それのお返しだよ。おめでとう、そしてありがとう』
「………お、おい……これは」
「……誕生日、おめでとうってことを言いたかったの」
「時雨……?」
「今日誕生日でしょ…?あと……。その、うんまぁ…いつも、ありがとうね。そしてこれ、ささやかだけど誕生日プレゼント」
隠し持っていたプレゼントを渡す。彼が欲しいと前に呟いていた帽子。ダブってたらごめん。とそっけなく言って手渡す私を見て、翔ちゃんはしばし黙ったあと……突然笑いだした。
「はははっ、なんだよ、時雨ってそういえばこういうヤツだったな。もう、さいっこー!俺も大好きだぜ、時雨!」
「はっ!?えっ、ばっ、ばか!ばかちびいきなりそんなこと言わないでっ」
「あっ!……ちっ、ちが、今のはそういう意味じゃなくてだな……っ!」
「ううう、うるさいうるさいうるさーい!べべべつにいいじゃないの!ほらっ、曲の微調整行くわよっ!」
かぁぁ、と両者頬を赤く染めながら曲の微調整を行うことにした。まだ、自分の気持ちを伝えるには時間が必要なようです……。
でも、誕生日おめでとうを言えたから、今日はそれでいいかな?
おまけ
(そいえばなんでこの帽子欲しがってたこと知ってたんだ?)
(んなっ!べっ、別にそんなことどうでもいいでしょ!?)
(んー。でもまぁ、もし時雨が選んでくれたんだったら俺の好みバッチリ把握してんな!)
(っ〜〜〜〜!)
――実はこの間、プレゼント下見したときに翔ちゃんがその帽子ガン見してるのを見つけてしまったからなのですよ――
――――――――――――
なっちゃんさっちゃんしょーちゃん、ハッピーバースデー!
いやぁもう本当におめでとうだよ、ロックの日に生まれたんだねすごいね皆!
12.06.09
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