「おや、ここに居たんですか」
「…一ノ瀬?あぁ……そうだな」
ベンチに座り、空を見上げていたら聞いた声が耳に入り。それが私を呼ぶ声だと気づいたので、ぐりんと首を回した。
そこに居たのは、やはり知り合い。一ノ瀬トキヤだった。
「どうしたの。私なんかに声かけて」
「もう夜ですよ。秋ですし、夜は冷えます」
「……それを言うためだけに?わざわざ?」
「その人当たり、どうにかなりませんかね」
一ノ瀬はしかめっ面になると、私の隣に腰掛けた。そのまま頭に手を置くとぽんぽん叩かれる。やめろ、と言っても止めてくれた覚えはないので抵抗はしない。
「……もう、秋だな」
「突然どうしたんですか」
「んーにゃ。私がおめーらとどんちゃん騒ぎできるのも、あと少しって思って」
「卒業してからでも会えるでしょう」
「アンタたちはアイドル志望、こちとら作曲家志望。ちゅーもくのされ方からちげーっての」
へっ、と鼻で笑ってやると、それもそうですね。とマジ顔で返された。むかついたので隣の太ももをぎゅっと抓る。
「いたたっ!ちょ、何するんですか!」
「っはは!ザマーミロ私にマジレス返してんじゃねーよ!」
……。しんみりしてるの、苦手って言ったじゃん。
「それにしても、一ノ瀬がこんなにフレンドリーなヤツだって知られれば、クラスどんな反応すると思う?」
暗に、彼のもう一つの人格をちらつかせてみる。なぜ知ってるかって?見ればわかります趣味は人間観察の女を舐めないでね。
一ノ瀬は苦い顔で天を仰いだ。何となくそれが辛そうな表情だったので、私も多くは突っ込まず、大人しく空を見つめる。
さっきまで同じようにしてたのに、隣に人が居るってだけで、どうしてこう、違う空を見てるように思えるんだろうな。他のヤツらとは違う安らぎを、一ノ瀬は私に与えてくれる。不本意ながら。
「HAYATOなんてやめちまえよ」
無遠慮に私は言う。いつものように言う一言。でもなんとなく今日は違ったニュアンスのような気がしてならなかった。
「…HAYATOなんて、やめちまえ」
「貴方は、HAYATOは嫌いですか」
「……あぁ。嫌いだね」
「そうですか」
HAYATOはHAYATOで、トキヤじゃないし。
思ったことがまた言えずに、それから思い出したような無言時間。やはり、自覚しなければいけないのだろうか、私が一ノ瀬に抱いている感情を。
しかし、恋愛禁止令が私にブレーキをかける。それと、今までのツンケンとした冷たい態度。
最初は似てると思ったから近寄っただけ。なのに、こいつの心の闇に触れていくにしたがって、これ以上は軽い気持ちで踏み込んじゃいけないっていうラインをとうに越えて、しかもそれに気づかないくらいにまで入れこんでいた。
理由なんてわからない。一目惚れの亜種みたいなものだろうか。引き返そうと思った頃にはすでに底なし沼の中心にいた。
いくら足掻いても足掻いても、沈んでいく。無駄な抵抗ともいう。だけど私はそれを繰り返して、自分を否定しようとしている。
HAYATOをやめろ、なんて言うのはアレかな、エゴかな。自分を偽るなんて、昔の私もやっていた。で、中途半端に作って後悔してしばらく立ち直れなくて。それを経験して欲しくなかったからとめようとした。でも一ノ瀬はいつも自分を貫いていた。
いくら瞳が暗くなり、色をなくそうとも、その自分だけは色を保っていた。
HAYATOは彼の安定剤なのかもしれない。
HAYATOを続けることで、彼は精神の安定をはかっているのかもしれない。でも私は、HAYATOをやめろと言うのをやめなかった。
いつまでだって言ってやる。彼が振り向いてくれるまで。
ピンクの天使に傾きつつある心を、こちらに持ち直してくれるまで。
「ふん……………ふふん、ふん」
気づけば、一ノ瀬は歌いだしていた。最初は鼻歌で。次第に囁く程度の音量で。それは私が提示した曲………ではなく、彼女の曲で。
ああやっぱり、私じゃ"かなわない"んだって思った。
一ノ瀬の隣に居るあの子に敵わない。
一ノ瀬の隣に居る願いが、叶わない。
「素敵な曲だね」
せめて私にできることと言ったら、鈍感な二人を応援してあげるくらいで。やっぱり、今の一ノ瀬には、一ノ瀬を、HAYATOごと愛してくれる人が必要なんだろうね。ごめん、歪な愛で。
「えっ……?ええ、彼女の作る曲はいつも綺麗です」
「ふっ……あんた、恋してるねぇ。ふひひっ」
「どこぞの悪役みたいな笑い方しないでください」
「よぉよぉ、はいちまえって。んん〜?なんだぁ?私でよければ相談乗るYO!」
「どこから湧いてくるんですそのテンションは!」
「一ノ瀬の愛だよ愛!さぁ私に愛を!」
そして、貴方をこれからも好きでいられる勇気を!
――大好きを、この旋律に込めて。
――――――――――――
うーん。悲恋もぐもぐ。うまぁ。
結局何が書きたかったのかわかんないものになってしまった。反省はしている後悔はもちろんしない。
いや、ジャンル的に切系が好きなもんで、どうしてもトキヤを持ち出すとこんな風になってしまうんですよ。いやでm(ry
12.05.06
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