「夏、だね」
星を見上げながら私は隣に座るかつての友人に声をかけた。かつて、というのはそのままの意味で今は友人ではないという。
「そうだね」
夜の闇を振り払うように、明るい笑顔で彼が言った。いつ見てもキラキラしているな、音也は。
「俺、夏は好きだなー。こう、さんさんと降り注ぐ太陽の光とか、そんなの。夏だーって感じすんじゃん?」
「ははっ、音也らしいや」
「君は?」
「大っきらい」
「ちょ、オブラート」
へっ、と口を歪めてみせると音也が私の肩をビシバシ叩く。そういえば先ほど言い忘れていた。彼、一十木音也は私のコイビトである。
切ない展開ではないから、安心してほしいな。
今までずっと曲を作っていたんだけど、気が付けばこんなに暗くなっていた、というわけだ。よし帰ろう、と鞄を肩に担いで帰路についている…。
もちろん、パートナーの音也も一緒に。
「………星、きれい」
「んー?」
「いーや。でもさ、こんなに星がはっきり見えるなんて、久しぶりだね」
「星と言えば…今日は七夕だ」
音也がぽんと手を叩く。七夕か。どうりで友人が短冊がどーのと騒いでいたわけだ。巻き込まれたアンジュ(七海春歌という私の天使)は微妙な表情だったが。
「というわけで、じゃじゃーん」
音也が効果音付きでカバンから取り出したそれを見せる。二枚の紙と、ボールペンが二本。ニコニコ笑顔で彼はひと組を私に手渡す。
「そこ、丁度ベンチある。ささ、座って!」
「お、おい!時間…」
「だいじょーぶ!俺がついてるよ」
「セリフの使いどころが違います………はぁ」
言い出すと聞かない性格なのは今までの付き合いでわかりきっていることなので、愚痴りながらも私はベンチに座った。夏とはいえ夜は冷える。座ったベンチは少しひやりとしていた。
極力端に座った私にピッタリ寄り添い座る音也。恥ずかしさとかは彼にないのだろうか。
「付き合ってどれくらい経ってると思ってるの」
「それでも言われたじゃん、学園長に。節度を…」
「はいはい、硬いこと言わないで!お願いでも書こうよ」
「ああ、やっぱりこれは短冊なのね…」
ふぅ、と息をつく。彼に振り回されるばかりの日常はもう慣れっこだ。鞄を膝にのせて、その上でペンを取る。
お願い…。
どうせこんなの書いても叶わない。だからっていって適当なもんは書きたくないし…。結局ペンを回しながら唸る羽目になる。
ちらり、と横目で音也を見ると、いたって真剣にペンを走らせている。その表情に、思わずドキリとしてしまった。見なかったことにして手元に視線を落とす。
何も、浮かばないなぁ………。
「時雨、書けた?」
「まだ。願い事なんてそうそう無いからなぁ。自分の力で叶えるし」
「時雨らしいや。じゃあ待つよ。ゆっくりでいいから」
「……うん」
くるくるとペンを回してみてもなにも思い浮かばない。私ってこんなに欲がなかったのか。いや、欲はあるのだろうけどそれがパッと出てこないだけなのかも。
「…七夕だね」
「どうしたのさ音也、急に」
「今日は晴れたから、織姫と彦星は出会えたんじゃない?って思って」
「これだけ晴れてたら、二人を阻むものはなかろうよ」
空を見上げると満天の星、そして天の川。ずらりと橋のように並ぶ星たちは見ているだけで時間を忘れてしまいそうだ。
「でもさー。年に一回しか会えないんだよな、二人って」
「それはおそらく、自業自得かと」
「うわ、夢がない」
夢もくそったれもないです。
「だいたい、恋をしてサボリぐせができて、それを怒った親が二人を引き離したのだろう?まさに、自業自得じゃん?」
「だからって一年に一度しか会えないなんてひどいよ」
「それほどの時間を無駄にしたんじゃないー?」
「あのさぁ……」
「でも」
可哀想だとは、思う。
小さく呟いた。私も音也と……その、そういう関係になってしばらくしてるから気持ちは十分にわかる。こんなに明るい奴を会えないなんて思うと、心が痛む。
「なっ…。時雨、大好きっ!」
「ばっ、やめろペン刺すぞ」
「それはヤメテ」
がばり、と広げた両手をおとなしく閉じた。ビックリした。このまま抱きつかれてれば赤面確定。からかわれそうで嫌だ。べつに彼が嫌いなわけではない。何度も言うが、彼のことは大好きだし、コイビトだ。
「もし俺が彦星だったらさ」
「うん?」
「一年に一度なんて条件、覆しちゃうかも」
音也は空へ手を伸ばしながら、頬を緩めた。
「障害なんて乗り越えてさ、世界に逆らってでも君をさらいに行く」
「絶対、大変だよ」
「でも、君を泣かせたくはない」
「…ばぁか。かっこつけちゃって」
「本心」
「わぁってる」
あわせて、私も空を見上げた。チカチカと瞬く星が視界に広がる。音也の言うところでは織姫と彦星も空の上で再会を喜んでいるんじゃないだろうか。
星が、久しぶりにロマンティックに見えてきた。
「ね、キスしよっか」
「え、」
「なんつーか、急にしたくなっちゃった。幸せをかみしめたい。だから……いいでしょ」
ベンチの背に回してた手を私の肩に置くと、頬をそっと撫でた。あいにく、私と彼の間は何もない。距離もない。つまり逃げることも拒むこともできないわけで……。コイビトだからってそんなにくちづけを交わしたことはない。まだ、片手で数えられる程度だ。
だから、音也に対しての申し訳なさというか。控えめでごめんというか。
ああ、つまり!
マジな瞳で迫られたため、私は何も言えなくなってしまった。無言を肯定と受け取ったのか、音也はすっと顔を近づける。
「おおおおおお、音也!」
「……なに」
唇が近づいたその時、私は彼を呼んだ。距離を変えずに彼は私に囁く。その声にまでドキドキしてしまって私は首を振るのが精一杯だった。
「恥ずかし……」
「いつもの威勢はどこいったんだろうね」
ふふっ、と笑う彼はほんっとーに綺麗で。顔が熱くなるのは夏だからなのかな。そういうことにしたい。
「わかった。じゃあ額かな。……まずは」
「は、」
ちゅ、と音がして額に温もりが触れた。それはすぐにひいていったけど、触れられたそこが熱を持ち始める。次は頬。耳朶。
驚いてきゅっと閉じたまぶたに、もう一つ。
ちゅ、という音が聞こえるたび、体温が上昇して心臓がドキドキを限界を伝える。鏡があれば自分を確かめたい、絶対に真っ赤だという自信がある。
「時雨……好き。そんな言葉じゃ伝えきれないくらい、愛してるよ………んっ…」
「ふぇ、あっ………ん、っふ…」
後頭部を支えられ、唇同士がくっついた。いつから彼はわがままになったのだろうか、それだけじゃ我慢できないらしく、しきりに唇を舌でなぞる。
うっすらと目を開けると、目をつむった音也。いつもは色気皆無の彼が、なんだか今日はピンクいんですが、どういうことでしょう。
すっと彼の瞳が開く。その瞳に見つめられると動けなくなってしまって…またぎゅっと目を閉じた。
……少しだけ、唇を開いてあげる。
その先は、言わずともわかろう。
「好き……愛してる」
唇を離した音也は、優しく微笑んだ。
「っは…、はぁ、う、ん……。同じく」
「時雨の口から聞きたい」
「……こ、んどね」
恥ずかしくて、ぷいとそっぽを向いた。ええ、と頬を膨らませる音也は、先程の色気がどこへやら。子供っぽいいつもの音也に戻っていた。
「ああ。願い事できた」
「え、なになに」
「彦星さんにもっと勇気を」
「ぷっ、なにそれ」
「んで、一年に一度じゃなくて、またいつでも会えるようになるといいな。もちろん、怠惰はダメです。両立してください」
空に向かって呼びかけると、私は立ち上がった。あわせて音也も立ち上がる。
「帰ろうか。時間結構すぎちゃった」
「そうだね。送るよ」
「ありがとさん」
そのあとは、ナチュラルに手をつながれ(しかも恋人繋ぎである。全力で振りほどいて普通に小指を握った)寮までおくりとどけてもらった。さり際の、額に口付けも忘れることなく。
まったく。夜に毒されたのか。
………それとも、天の二人のせいかな。自重しろ。
うそうそ、流石に冗談です。
脳内コントを繰り広げながら、きっと遅い私を心配してしきりに時計を気にしているであろう、あの子を思い浮かべながら寮へと入った。
――――――――――――
うたプリ初の短編は音也くんでした!!ちなみに結構好きなキャラだけど攻略したのは最後の方という。repeatとmusicプレイなぅ。
何故か七夕が書きたくなったんです、時期じゃないのに不思議ですね。
12.03.29
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