人魚姫・上 とあるところに、人魚姫と呼ばれる少女がおりました。その名の通り、人魚族のお姫様です。姫は七人おりまして、今回の主人公はその末の娘になります。 絶世の美女……ではなく、それなりに愛らしい顔立ちをした少女の名は時雨。いつもゲーム機片手に、引きこもりの生活を営む姫でした。 しかし、海ばかりで育っていた時雨はある日、陸というものが気になり始めます。原因は、姉たちの見聞話を聞いたことでした。 街、やら国、やら、好奇心旺盛ではない時雨ですら気になるような単語がぽんぽんと飛び交います。いつしか、ゲームを置いてまで姉の話を聞くほど陸に興味を示しておりました。 ある日、時雨は思い切って姉たちに、外に出たいと申し出ます。姉たちはすんなりとオッケーを出し、出発の日。 「海バスの定期は持った?お弁当は?」 「現地調達。定期はいらね。泳いでいく」 流石に引きこもりといっても姫なもので、教養はあります。海バスというものはその名のとおり、海の中ならどこでも連れて行ってくれるという素敵な乗り物のことです。大きな魚が担当しています。 しかし、せっかくの外ですので歩き……もとい、泳いでいきたいのです。時雨は楽しそうに鼻歌を歌いながら泳ぎ出しました。ゲーム機を片手に頑張ります。プレイ中のゲームはもちろん、トキメキ☆カスタムレンちゃんです。詳しくは赤ずきんちゃん参照。 陸に行ったら何をしよう。と手書きの攻略ノートを見ながら呟きます。今回はさわやかキャラルートに走りたいようで、シビアなパラメーター調整を頑張っているようです。無意識に、一番レベルの高いヤンデレルートに進みそうになってしまうのは、ひとえに愛があるからでしょう。ヤンデレが好きなんですね。時雨は。 分岐点でセーブをしたところで、陸地らしきものがみえてきました。お昼ご飯の時間でもあったので、時雨はそこらへんを泳いでいる魚をふん捕まえて海藻の場所を教えてもらいました。そしたらなかなかな穴場だったので、魚に感謝をしました。 はむはむと海藻を食べる時雨に、一匹の魚が話しかけます。 「姫さん、もしかして陸地に……?」 「そうよ、よくわかったな」 「あー…姫さん。申し上げにくいんだけど、今はおすすめできないっす」 魚がひらひらとヒレを振りながら言います。なぜ、と時雨は首をひねりました。聞くと、海神様の機嫌がよくないそうです。なんでも、今遊覧中の船が、礼儀がなっていないそうなのです。人間もバカだね。と時雨は思いました。 海神様の機嫌を損ねれば、海が荒れてどんな船でも横転してしまうというのに。 「そして、私たちにも確実に被害が出るわ」 「早急にその船にはお帰り願いたいっす……」 はぁ、と魚がため息をついたその瞬間でした。時雨が突然現れた大きな船を指さします。あれが船!?と叫びました。 「初めて見たわ!でけー!すげー!」 「姫さん…落ち着いてくださいっす。だいたい、その船が原因で海神様の機嫌が…」 水面から顔を出す時雨に、何かが落ちてきました。 「あだっ…あれ、なにこれー」 「ああ、人間の捨てていった食べカス。マナーがなってな…って、ぎゃああ!何してんだあの人間どもっ!だから海神様の機嫌が悪いんだ!絞め殺したろかうらぁああ!」 「あっ」 ゴゴゴ、と嫌な地鳴りがします。魚が顔を引きつらせました。 「…姫さん、手遅れっぽいので適当な岩にしがみついたほうがよろしいかと」 「そ、そうだな…。あ、大波が」 ざばーん、と強い波が船にあたります。そして、とても大きな魚が船にあたってしまいました。船にはもちろん穴があいて、水が入っていきます。その様子をひとりと一匹は頬を引きつらせながら見ていました。 「うっげー、海神様、超ド級に機嫌が…。やっべ、俺も流されそう」 「うそーん。ちょっとあの船ムカつくね」 「ムカつくどころの騒ぎじゃねーよ!暴風とか、海のもんにとっても災害の一部なんだっつーの!」 ばたばたとヒレを動かして怒りをあらわします。岩にはしっかりとしがみついたまま。時雨はいつも、レンちゃんを見て悶えている時に無駄にヒレを動かすので、とても鍛えられておりました。全然辛そうではないです。 さて、あの船を見てこよう。そう思って船の去った方に視線を向けると、大きく開いた穴に水がどんどん入り込んでいるところでした。 すごいなぁ、船って。穴があいても浮いていられるんだね。そんな風に思っていた時雨でしたが、その瞬間に船が傾き始めてあっという間に沈んでしまいました。 ……ありゃ。船ってもろいわ。 被害に遭わないうちに…と避難をはじめ、岩にしがみつきながら様子を見守ります。うるさい音が水を伝って耳に入ってくるので、気持ち悪いなぁー、と耳をふさぎました。 ぼろぼろと人が沈んでいって、あれ、人間って海でも呼吸できるんだ、すごいなぁ。と見ていた。ら、違うみたいでした。 あんなに死にやがって。誰も食わねえよ。との声が、同じ岩にしがみついてる魚から聞こえてきたのです。時雨は不思議に思って魚に尋ねました。 「人間って、泳げないの?」 「なんだぁ?あ、姫さんじゃん。世間知らずだねー。泳げる人間もいるけど、俺らみたいにはなれない。大抵の人間は死ぬぜ」 「へえ、不便ね。私は海でも陸でも息できるのに」 「でも陸は歩けない」 「そうだね。それが残念だ」 あは、と笑った時雨は、そのままぼーっと沈む人を見ていました。すると、なんだかみんな、死にたくないと言いながら沈んでいってるのです。時雨たちにとって、死は尊いもの。新しい世界へと導いてくれる大切なものなのに。どうしてそんなに嘆くのだろう。時雨は首をかしげました。 「死、って怖いの?」 「怖いんじゃないか?人間はまだ、しんり、を理解してないんだよ」 「ふーん」 かわいそうだなぁ。相変わらず、海は荒れている。ふと、ひとりの人がこちらに泳いできました。ものすごい勢いです。 「…魚!あれはなに!?なんであんなに速く泳げる!?私より速い気がするのだが!」 「なっ!?お、俺も見たことねえ……!」 「うおりゃああああああああああああ!」 奇声が聞こえてきました。みると、その人間から聞こえて来るようです。水面から顔を出して顔をようく見ようとしました。その時、ふと人間と目が合ってしまいます。 男のようでした。人間は泳ぐのをやめて、バタバタと足を動かしながら時雨と同じように水面から顔だけを出します。 「おいっ…おま、え。大丈夫か」 「いや、君の方が疲労してそうだけど…。もしかして、あの船から落ちてきたの?」 「船……ああ、そうだな。ったく、メガネが運良く外れてよかった……」 「メガネ…。メガネって何。いや、それよりなんでそんなに速く…いや、ちょっとまって」 時雨は聞きたいことがたくさんありました。そのために質問がまとまりきらなかったので、うーんと唸っていると、息を整えた男が思考に割り込んできました。 「それよりおまえ、見ない顔だな……あの船から落ちた、んじゃねえよなぁ」 「うん。私はにんぐぼぼぼぼ!?」 足をおもいきり魚に噛まれたようです。時雨は、男に絶対潜るなと言い残すと水に沈んで行きました。 「何してんだ魚!私のヒレを噛むなんぞ!」 「姫さん!人魚ってことばらしちゃダメっすよ!人魚ってバレたら、食われますよ!?」 「くっ…!?な、なにそれ怖っ!わかった言わない!あ、そして父様に言っといて、私人間観察の旅に出るって」 「あいあーい」 あっさり引き受けた魚に感謝を述べ、また顔を出しました。男は怪訝そうな顔をしています。 「どうしたんだ…?」 「いや、ま、まぁ……あれだ。私もここに泳ぎに来たらこんな嵐にあって…あ、波。潜れー」 男を水中に沈めて固定します。人間があの波にさらわれたらひとたまりもないでしょう。人間って貧弱ね、と思いながら、波が通り過ぎるのを待ち、顔を出します。 「で、俺はそろそろこの体勢、きついんだが……」 「おー、こんなにもったんだね。君本当に人間?」 「聞くな。……って、あ?て、手がうごか……ぐ」 「……沈んだ!?」 水中では息ができないのに。慌てて引っ張り上げると男は目を閉じていました。気絶、というやつでしょう。この状態の時は話しかけても意識がないらしい。 「おい魚ァ!」 「へいへいさー!」 「…これ、死んでないよな、気絶だよな。なんで?」 「多分、体力の限界がきたんだと。…姫さん、少しでも慈悲があるのならば、その男を陸地まで運んでやるべきかと」 「そうだな。こんなに面白い人間、死んでしまうのは惜しい」 くつくつと笑った時雨は、男を引っ張って陸地に向かいました。浜辺におりゃあと叩きつけて、ずりずりと這いずり男をなんとか水の届かない場所まで送ります。ペチペチと容赦なく顔面を叩き始めました。 「おーい、生きてるー?」 「う……ん……」 目覚めるか、と思っていたら、遠くからかすかに足音が聞こえてきました。見られたら食われる、という脅しをくらっていたので、時雨は名残惜しそうに振り返りながら水まで引き返しました。 「男!また会おうぞ!」 あんなに面白い物体はそういない。聞こえていないことを承知で声をかけて海に潜りました。あとはきっと、陸地の人間が助けてくれることでしょう。 いいことをした。とふんふん鼻歌を歌いながら海を泳ぐ。そろそろ波はおさまってきたようだ。 ゲームでもするかぁー、と、人魚秘蔵の収納ポケットをあさくる。ふとその手がとまった。ない、ゲーム機が。 「……うそぉおお!?どこ!?どこにいったの!?」 信じられない。と呟きました。あれはトキヤママン…という魔女に、多額の金とその他いろいろ払って売ってもらったやつなのです!なくすなんてとんでもありません! これはトキヤママンに文句言うしかない。そうと決まれば向かう場所はトキヤママンの巣窟に決まりました。時雨は目にも止まらぬ速さで、目的地に向かって泳いで行きました。 ―――――――――――― 最初一人称で書いてて、慌てて修正を加えた結果がこれですわ。 13.06.17 back |