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真斗:メロンパン






「クリームパン…」
「……?」



休み時間。
自分の席に座って、ぼんやりと窓から空を見上げて発した一言に、
隣の席の聖川くんは手にしていた五線譜から顔を上げて怪訝そうにわたしへと視線を向けた。

別に、ただ少し心の声を漏らしてしまっただけであって、誰に向けたわけでもないその台詞。
だから、反応なんて期待もしていなかったけれど、聞こえてしまったものは仕方がない。
わたしも彼へと視線を移して「ほら!」と、空を指差した。



「あの雲、クリームパンに似てるなぁって。」
「雲…?」
「うん。」

わたしが頷くと、少し体をかがめて覗き込むように、窓からわたしの指差す雲を見る聖川くん。



「…名字は想像力が豊かだな。」


しばらく難しい顔をしてじぃーっと雲を見つめた後に、そう言った。
どうやら、聖川くんの目にはどう頑張ってもクリームパンが見えないらしい。
あんなに美味しそうなのに、もったいない。


「クリームパン雲は貴重だよ。」
「そうなのか?」
「うん。この学園入ってから色んな形をしてる雲は見てきたけど、クリームパンは初めて。」


我ながら史上最強にどうでも良くてくだらない話なのに、
聖川くんは今日の空みたいに澄んだ瞳をわたしに向けて丁寧に相槌をうって聞いてくれる。
実は、隣の席でありながら聖川くんとあまり話したことがなかったので、彼はこんな話にも興味を持ってくれるのかと意外に思った。

そして、「あぁ、そうか」とも思う。
物静かで大人しそうに見える聖川くんが、いつもたくさんの友達に囲まれている理由は、きっとこれだ。


財閥の御曹司だと聞いて勝手に物凄く壁を感じていたけれど、
彼はいつでも、どんな人にも分け隔てなく平等に接して、真正面から物事を受け止めてくれる。
こんなクリームパンの形をした雲の話にも、素直に聞き入ってくれる。


聖川くんは、キレイだ。

見た目とか、そういう話じゃなく(もちろん見た目もキレイ。そこは否定しない。)
心が、キレイなひとなのだ。



「雲にそんなに種類があるとは、知らなかったな。」
「うん。見てるとね、良い暇つぶしになるんだよ。」


今まで見つけた雲を思い返して指折り数えてみる。

コロネでしょ?クロワッサンに、メロンパン……



「……メロンパン?」
「え?うん、メロンパン。」
「それは、是非見てみたいものだな。」


予想外の反応。
わたしは今まで見てきた雲の話などどうでもよくなって聖川くんに視線を向けた。


「…メロンパン、好きなの?」
「あぁ。特に、この学園のサオトメロンパンは最高に旨いぞ。」
「へぇー…」

そのあと、サオトメロンパンの素晴らしさを語りはじめる聖川くん。
一通り語り終えたところで、わたしがぽかんとしているのに気がついたのか申し訳なさそうに眉を下げた。


「すまない。名字は、メロンパンは苦手だったか?」
「ううん、聖川くんがメロンパンって……そっか、そっか。」


笑いを噛み締めているわたしに不思議そうに首を傾げる聖川くん。
なんでもないよの意味を込めて、へらりと笑顔を向けた。


「なんか食べ物の話してたらお腹空いてきちゃったなあ。」
「奇遇だな。俺もだ。」

購買に、パンでも買いに行くか?
そう言って笑う表情もまた、わたしの知らない聖川くん。

わたしも笑顔で頷くと、財布を持って立ちあがった。



「聖川くん、メロンパン買うの?」
「あぁ。そう言う名字は決めたのか?」
「うーん…クリームパン?あ、でもメロンパンも捨てがたいし…」
「それなら、名字はクリームパンを買って、俺のメロンパンと半分ずつ食べるというのはどうだろうか?」
「あ、それ賛成ー!」


購買まで続く廊下を並んで歩きながら、子供みたいにピッと手を上げて賛成の意を示したわたしに聖川くんが微笑む。
その表情が視線がとても優しくて、不覚にも心臓がとくんと音をたてた。


赤く染まったであろう頬に気付かれないように、窓の外へと視線を移す。
見上げた空には先程のクリームパン雲がすっかり変形して何がなんだか分からなくなったまま浮かんでいた。






青空ベーカリー
今度、メロンパン雲を見つけたら聖川くんに教えてあげよう。






***
素敵企画に参加させていただきました。
ありがとうございました。

(Sugar&Spice/すみれ)





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