小説 | ナノ





那月:ジャンクフード


那月のプロフィールを見てずっと不思議に思っていたことがある。

「ねえ、なんでジャンクフード嫌いなの?」

 事務所のホームページを見ながら、後ろで何かの本を読んでいる那月に声をかける。那月は顔を上げて柔らかい笑顔を浮かべた。

「着色料や保存料はとっても体に危険なんですよ。手作りが一番じゃないですか」
「……」

 ツッコミたい。超ツッコミたい。お笑い芸人でも関西人でもない私だがどうしてもツッコミを入れたい。
 しかし那月と付き合っていく中で、多少なりともそのおおらかさが移ってきた私は、なんとか沸き上がる衝動を抑えることができた。

「……ああ、確かにそうだね」

 ただその台詞が棒読みだったのは許してほしい。

「あと、ジャンクフードには作り手の気持ちがこもってないでしょう?大量生産、と言うんでしょうか」
「ああ、なるほど」

 今度の理由には素直に頷くことができた。

「私、ハンバーガー屋でバイトしたことあるけど、確かに慌ただしくって『気持ちをこめて』って感覚は薄かったかも」
「やっぱり料理には気持ちがこもってないと最高の料理にはならないと思います」
「……」

 気持ちをこめても最高の料理にならない那月にはあまり説得力がない。いや、いろんな意味では最高か。最高の破壊力を持った料理、だから。

「……あ、そうだ」

 私は手を叩くという、古典的な「思いついた」動作を取った。



「うわあ、賑やかですねー」

 次の日曜日、私は那月と一緒にファーストフード店に来た。一番混み合いそうな昼のタイミングはずらしたものの、店内の席の7割は埋まっていた。
 観葉植物の陰になる、あまり人目につかなそうなテーブルを選んで席に着く。そんなことしようと背が高い美形なんて目につかないわけがないのだが。とりあえず帽子を目深に被ってはいるものの、ちらちらとこちらを窺う視線を感じる。

「じゃじゃーんっ!『那月くん、頑張ってジャンクフードを食べようぜ』企画ー。はい、拍手ー」

 小声なりにテンションを上げてタイトルコールをする。那月は少し困った顔をしていた。

「どうしても食べないとだめですか?」
「放課後にファーストフード店でだべる高校生の役がきたらどうするつもり?何事も経験でしょ」

 プレートの上からハンバーガーを取り上げて手渡す。那月は気が進まなそうにハンバーガーを受け取った。外観を見回した後、「いただきます」と礼儀正しく挨拶をして一かじりした。味の好き嫌いじゃないから、食べられないわけではない。……が、いかにも『無理強いされてます』という食べ方だ。まあ、無理強いしてるからしょうがないか。

「……おいしそうに食えとは言わない。けど、せめて普通に食べて」
「と言われても……」

 煮え切らない返事に、私が業を煮やした。ポテトを一本取り、那月の口の前にぐいっと突き出した。

「食べなさい」
「え……?」
「これを作ったのは確かに気合いの入ってないバイトのお兄さんかもしれない。しかし、これを那月に食べさせるのは君の愛しきガールフレンドの名前ちゃんだ。このポテトには私の気持ちがこもってる。さあ、食え」

 那月はきょとんと私の手元を見ていた。我ながら無茶苦茶だ。私がこんなことされたら絶対に食べない。
 が、那月はポテトを口に含んだ。

「……っ!?」

 自分でやったくせにびっくりしてしまった。もぐもぐとポテトを食べた那月は優しく微笑んだ。

「本当だ。名前ちゃんの気持ちがこもってますねー。とってもおいしいです」
「そっ、そう。良かった……ね」
「はい、名前ちゃんのおかげです」

 満面の笑顔で見つめられるとなんだか照れ臭い。さりげなく目を逸らして、「ほら残りも食べなよ」と投げやりにプレートを那月の方へ押しやる。

「無理ですよ、食べられません」
「は?」
「だってこれには気持ちがこもってないじゃないですか」
「……まさかとは思うけど?」
「はい!あなたが食べさせてください」

 ……乗りかかった船だ。どうしようもない。
 恥ずかしさに堪えながら一つ一つを雛に餌をあげる親鳥のように私の手から食べさせた。那月があまりにも嬉しそうにするので何も言えなかった、というのもある。
 それが嫌だったかと言われれば、決してそんなことはなかった。……なんて口が裂けても言わないけれど。





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