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翔:わさび


罰ゲームとしか思えない

「翔ちゃん、食べないの?」

そう言って、目の前で首を傾げるこいつ……名字名前は悪魔なのだろうか。
いや、悪魔なんてレベルじゃない。
「大魔王」と言っていいレベルだろ、これは!!

俺は一呼吸すると、

「名字……これは一体、なんなんだ……?」

と聞いた。
すると名字は

「何を言ってるの?」

とでも言いたそうな顔で、

「見てわかんないの?
私が翔ちゃんのために愛情いーっぱい込めて作った、ワサビケーキに決まってるじゃない」

と答えた。
あ、今の笑顔、最高にかわいかった……。


(いや、ちょと待て)


不意に冷静になって、考えてみる。


(なんで、満面の笑みでさも当たり前のようにワサビケーキなんて答えるんだよ。
てか愛情いーっぱい込めて〜なんて言ってるけど、ワサビケーキなんだよな?ワサビ入ってるんだよな?
なんでケーキにワサビ入れてんだよ!!
え?なに、こいつ天然なワケ?
まさか那月なみに味覚がやられてるとか……)


目の前に置かれた天敵、ワサビを使った緑色のケーキであるであろう物体を見る。


俺様……来栖翔の苦手な食べ物、それはワサビだ。
子どものころ、1回だけ食べたことがあるけど、あの独特の辛さがダメでそれ以来、苦手だ。

そんな俺にこんなもの出すとか、嫌がらせにもほどがあるだろ!!


「どうしたんだい、おチビちゃん」

ふと色気を含んだようなクラスメートの声が聞こえた。

「あ、レン」

名字がそう言うと、レンは笑いながら俺たちのほうへ来た。トキヤも一緒にいた。


「2人で何か楽しそうなことしてるじゃないか」

「うん、まあ、ちょっとね」

「何してるんだい」

「翔ちゃんを本物の男にしようと、ね」


(いや、それ捉えようによってはすごい意味になるぞ!!)


俺の内心ツッコミを無視して(そりゃそうだけど)、レンたちは会話を続ける。

「……へぇ、レディは結構大胆なんだね」

(ほらやっぱそうなるじゃん)

「そう?普通だと思うけど」

(普通じゃねーよ。
ワサビケーキ作るヤツなんていねーぞ)

「具体的にはどうするんですか」


(え゛、意外なヤツが食いついた!!)

トキヤも会話に混じり、話がだんだん変な方向へ進む。


「このワサビケーキと食べさせようかなって」

「レディのお手製か。おチビちゃん、やるねぇ」

「しかし、これは大丈夫なのでしょうか。大量にワサビが使用されてるようですが」

(ナイス、トキヤ。
よく言ってくれた!!)


ああ、トキヤが一瞬、神様のように思えました。


しかし名字は違った。
天使のような可愛らしい笑顔を浮かべながら、悪魔かと思われるような言葉を吐く。

「いや〜大丈夫でしょ。
翔ちゃん、男気全開らしいし」

「いや、それは違うだろ!!」

俺は思わずツッコミをいれてしまった。
いや、ワサビケーキ食べるのと男気全開なのは全く関係ねぇじゃん。



すると名字ははぶてた。

「えー、翔ちゃんのためにさ、私、ワサビから育てて作ったのに……」

「いや、なんでワサビ自体を作るんだよ」

「それでさ、早起きしてせっせと作ってたの。翔ちゃんに喜んでもらおうと思って。
それなのに……」

そこまで言うと、自分の顔に手をあててわっと泣き始めた。

「あ、おい」


「ひどいっ!!翔ちゃんのいけず、ドチビっ」

「いや、そこまで言うような内容じゃあ……てか、チビとか今は関係なくねぇか?」

「おチビちゃん」

「翔」

泣いている名字にあたふたとした俺に突き刺さる、2つの冷たい声。
クラスメートのレンとトキヤのものだ。

「レディを泣かすなんて、おチビちゃんはまだまだだねぇ」

「そうですよ。
彼女はあなたを思って、このケーキを作ってくれたのでは」

「いや、でもワサビケーキだぜ。
こんなん食べれるわけないし」

思わずそう言った俺に、トキヤがさっきよりも厳しい口調で反論する。

「それでも頑張った相手、あなたに好意を向けてしてくれた相手には誠意を持って接するべきでしょう」

「イッチーの言うとおりだ。
せっかく可愛らしいレディが作ってくれたものを食べないなんて、おチビちゃん、キミは本当に男かい?」

「う゛……」



(やべぇ、反論できねぇ)



たしかにトキヤとレンの言うとおりだ。
こんなのに怖じ気づいてちゃ、男じゃないよな。


「……わかったよ、食うよ。
だから名字、泣き止め!!」

俺は意を決すると、緑色の物体――ワサビケーキをつまんだ。
そしてゴクリと唾を飲み込むと……


「男気全開!!
う゛ぇぇぇーっ」


と叫んで一気に飲み込んだ。
そしてそのまま、意識を失った。


意識を失う前、唯一覚えてるのは、胸の前で十字架を切っていた名字の姿。
いや、俺はまだ死んでねぇよ。





とにかくもう二度とワサビも食べないし、名字のことを可愛らしい女の子と思わないと誓った、15歳の秋だった。






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