めいびー


掴まれた自分の手と掴んでいる男を交互に見やりながら名前はどうしたものかと悩んでいた。


北の村を襲っている鬼の討伐に向かうため、帝都の駅へとやってきた冨岡と名前だったが、はじめての帝都に少しだけ浮ついていたらすぐ目の前を歩いていたはずの冨岡が人ごみの中に消えていた。
慌てて周囲を歩き回っていたらグン、と何かが腕を引っ張った。見れば酒臭い男がにたにたと笑っているではないか。


「ちょっと付き合えよ」
「急いでおりますので」
「帯刀までしやがって。警察呼ばれたら困るんじゃないのかねぇ?」
「……」

確かに騒ぎになれば時間をとられる。それは困るがこの男にこれ以上付き合うのも時間の無駄だ。だからといって無理に振り払っても騒がれてしまうだろう。

(まったく、面倒な輩だこと)
―――――ぐいっ。

恨めし気に掴まれた腕を睨みつけていたら強い力で男の手が名前から引きはがされる。引きはがされた腕は背中へと捻られ、大げさなぐらいに男が騒ぎ立てる。
男の手を引きはがしたのは先ほどはぐれてしまった冨岡で、相変わらず表情から感情を読み取ることはできなが、少なからず怒っているのか捻っている男の腕からミシミシと骨がきしむ音が聞こえてくる。
「俺の連れに何か用か?」
「冨岡さん!相手は一般人ですよ!」

このままでは骨を折りかねないと慌てて制止すると殺伐とした濃紺の目に見下ろされ、それ以上言葉が出てこない。
「お前たち!何やってる!」

蛇に睨まれた蛙のような感覚から現実へと引き戻したのは、ざわつく野次馬たちをかき分けながらこちらへと走ってくる警察の声だった。冨岡は男の腕を離すと名前の手を掴み人ごみへと走り出した。





――――列車内にて。

「……怒ってますか?」
「別に」
「いや、怒ってますよね?」
「別に怒ってはいない」

警察を撒いたふたりは日輪刀を隠しもって、予定していた列車へと乗り込んだ。
向かいの座席で、肘置きに肘を置いて頬杖をついたまま外を見つめる冨岡はいつも以上に静かで、何よりいまだ目に怒りが残っているように感じる。

「ただ、……イラついてはいる」
「私がはぐれたからですか?それについてはごめんなさい。ご迷惑をおかけました」
深々と頭を下げるが、冨岡は深いため息を吐くだけだ。



「そこではない」
そこではない、なら何なのか。思い当たる節はそれといって思い当たらず必死に今朝からのことを思い出すがやはりどれもこれも違う気がする。

うーんと唸っていると本日2度目のため息が聞こえてきた。
「手だ」
「手?」
「手を掴まれていた」
「……」

こういうとき、本当にこの人の言葉の少なさを痛感する。
ここまでの言葉を繋げてみると、「冨岡はイライラしている」、「酔っ払いに手を掴まれていた」。
うん、分からん!

連想ゲームをしようにも連想するワードが少なすぎる。

「なぜ、振り払わなかった?」
「振り、払う?」
「お前ならあの程度の男なら自分で振り払うことができただろう」

――――あぁ、そういうことか。
そこまで言われて漸く名前は彼が言いたいことが腑に落ちた。

「それは、あの場で騒がれたら面倒だったからですよ」
「好意があったからではないんだな」
「当り前じゃないですか」


誰があんな下種な酔っ払いに惚れるものかと言い切ると、冨岡が「なら」といって名前の手を握ってきた。

「嫌だったら振り払っていい」
「……それはズルいですよ」

まったく。
そういうことぐらいはちゃんと口で言ってほしい。

(20220122)



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