金平糖のように
「判断が早すぎる!相手の動きは最後まで見極めろ!!」
中庭に響く厳しい叱咤の声。
脇腹に打ち込まれた木刀に苦悶の表情を浮かべるが柄を離すまいと握り直す。まだ終わりじゃない、次の打ち込みに備えなければ。
「……今日はここまでにしよう!」
「はい!ありが、とう、ございま、した!」
「名前さん、歩けますか?」
打ち込み稽古の終了を告げると、縁側で控えていた千寿朗がフラフラの名前の体を支えながら縁側に座らせ、痣だらけの体に湿布薬を塗っていく。
「大丈夫ですか?」
「平気平気!」
心配そうに眉を下げる千寿朗に笑いながら答える。
杏寿郎の継子となってもうすぐ1年。
彼の稽古はとても厳しいため、青痣や擦り傷などの怪我ができるのは日常となっているが、それでもこの程度の怪我で済んでいるのは、手加減してくれているからだろう。
もし彼が本気で打ち込んでこようものなら名前は秒で気絶させられるに違いない。
「他に痛む箇所はありませんか?」
「大丈夫、ありがとう」
最後に潰れた手の豆に薬を塗られたところで、席を外していた杏寿郎が「お土産だ」と言いながら名前と千寿朗に小さな紙袋を渡す。
「これ、金平糖ですか?!」
「お茶を淹れてきます」
「あ!待ってそれなら私が」
「名前さんは稽古の後ですから少し休んでください」
立ち上がりかけた名前を窘め千寿朗は台所へ向かう。
名前は再度座り直して袋から金平糖と1粒摘まんで口に入れる。
「〜〜〜〜っ!!」
疲れた体に金平糖の甘味は堪らなく美味。
「あっ、煉獄さんもどうぞ!」
「いいのか?」
「はい!」
袋を傾け杏寿郎の手のひらに御裾分けして次の1粒を摘まんだところで杏寿郎が今日の打ち込み稽古の改善点の説明を始めた。
「今日の打ち込みだが、相手の動きに合わせ条件反射で動いても十二鬼月には通用しない。ぎりぎりまで相手の動きをみろ!だが、攻撃を体に受けても相手から目を離さなかったのは良かった!」
「はい!」
ザァ、風が通り木々が揺れる。
風で流れた髪を耳にかけながら摘まみかけていた金平糖を口にした名前は、煉獄の視線がまだ自分に向いていることに気づき首をかしげる。
「どうかしました?」
「いや、君は強くなったと思っていただけだ!」
「そうでしょうか…?」
強くなったと言われても、未だに稽古をすれば体中痣や怪我だらけになるし、柱になるための条件を満たせるほどの実力も備わっていない。
杏寿郎は懐かしむような表情で一度だけ目を閉じると「あぁ!」と告げる。
「正直、初めて継子になりたいとここへ来たとき、俺は直ぐに音をあげるだろうと思っていた」
杏寿郎の稽古は柱の中でも1、2を争うほど厳しいと言われており、継子となりたいとやってくる隊士は多いが3日と持たず逃げ出してしまうのが現状である。その中で名前はどんなに体がボロボロになろうと決して逃げださず、ただひたすら稽古に励み続けている。
一瞬の判断ミスで自分だけではなく一般人や他の隊士の命まで失われてしまう鬼殺隊では、自分の剣術を磨き実力がなければ夢半ばで死んでしまう。
多くの命が理不尽に散ってゆく様を自分よりずっと多く見てきた杏寿郎がからこそ、その稽古はより厳しいものにさせているのを名前は気づいていたからこそどんなに辛い稽古も耐えることができた。
そんな彼女の今の目標は杏寿郎に背中を預けてもらえる隊士になることである。
「名前、俺はこれから先も煉獄家にいてほしいと思っている」
「もちろんです!継子として煉獄さんについていくのは当たり前です!」
「……本当に解っているのか?」
力いっぱいに返事をすると杏寿郎は少し困ったよう笑いながらに肩を落としたところで千寿朗の足音が近づいてくる。
「お待たせしました。兄上、名前さん、どうぞ」
「ありがとう〜!」
「ありがとう!」
「いえ。では俺は部屋に戻ります」
呑気に受け取ったお茶を啜りながら残り少なくなった金平糖を頬張っていると再度杏寿郎が
彼女の名前を呼んだところで気になったことがあった。
(あれ?煉獄さんって私のこと、名前で呼んでいたっけ?)
(20220121)
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