絆される


「どうした!?」

声をかけられて最初に思ったのは厄介な人に遭遇してしまった、だった。




―――――遡ること数十分前。

胡蝶から頼まれたお使いの帰り道。
聞こえたのは仔猫特有の声で、名前はその姿を求めて周囲を見渡すが見当たらない。しかしながら声は近くで聞こえてくる。そこでよくよく耳を澄まして声の発生源を辿ってみると、頭上の大木の枝から聞こえてくる。


猫というのは好奇心旺盛なのよ。そのくせ降りるのは苦手だから気を付けてみてあげないとね。
今は亡き母と飼い猫の姿を思い出す。

枝先で丸くなり震えている様子から察するに、おそらくこの仔猫も好奇心に負けて上へ上へと登った結果、降りられなくなったのだろう。
はしたないとは思ったが、おびえる仔猫を見捨てることもできないと仔猫がいる木によじ登っていく。

どうにか仔猫がいる枝の付け根部分まで登り手を伸ばす。
しかし人間の手を警戒した仔猫はフー!と威嚇しながら後ろへと後退ってしまう。
「そっちにいかないで!あと。すこ、しっ!」
届きそうで届かない距離感にもどかしさが募る。更に身を乗り出して仔猫の首根っこを掴んだ時だ。
バキィッ!!!

嫌な音がして体が重力に従って下へと落ちる。枝が折れた。
咄嗟に掴んでいた仔猫を胸元に抱え、落下に備える。手が使えないので上手く受け身を取れず体が痛い。でも今は自分の体より仔猫である。

怪我はないかと確認しようと力を緩めたら仔猫は脱兎のように彼女の手から逃げ出し走り去る。

あれだけ走れるのだから怪我はないだろう。
ただ、せっかく助けたのだからせめて撫でさせてほしかったと思うのはいけないことだろうか。


残念に思いながら隊服についた砂を払って立ちあがる。
――ズキ。
「いっ!?」
右足を襲う鈍い痛みに思わず足を抱え込む。
先の「どうした!?」という声かけはちょうどそのタイミングでかけられたものだった。



「足を痛めたのか!」
「いえ別に」
目敏く名前の具合に気づいた杏寿郎は直ぐくるりと背を向くと膝をついて背中に乗るように促してくる。

「嘘は感心しない!乗りなさい、屋敷まで送っていこう!」
「大したことはありませんから自力で帰りま…」
「そうか!ならば仕方ない。抱き上げて」
「有難うございます!ぜひともお言葉に甘えて背負って頂いてもよろしいですかっ!?」

なるべく「背負って」の部分を強調する。
この煉獄杏寿郎という男はやると言ったら本当にやる。
しかも炎柱であることはさることながら、もともと顔立ちもよく家柄も名家。そのうえ正義感も強くて明朗快活とくれば異性どころか同性からも憧れの的。

ここで抱き上げられた状態で運ばれている姿を隊士に見られてみろ。以前広がった噂がやっと下火になり始めたばかりだというのに、名前が杏寿郎に抱き上げられていたなんて噂は一気に広がってしまう。

それなら背負ってもらった方が理由の説明もし易くまだマシな気がする。


おずおずと自分よりずっと大きな肩に手を添え背中に体を預けると杏寿郎は一言断りをいれてから立ち上がる。いつもより高い視線に少しだけ高揚感を感じるが、やはり周囲の目が気になってしまい、顔が見えないようにできるだけ杏寿郎の背中に顔をよせる。


「あの、重かったらすぐに降ろしてくださいね」
「何を言うんだ!むしろ思っていたよりも軽くて驚いているぐらいだ!」

そう言って笑う杏寿郎に名前は頭痛すら覚える。
彼曰くどうやら名前に好意を抱いているらしい。


初めてふたりが顔を合わせたのは半年ほど前の蝶屋敷。
手持ちの常備薬を使い切ったため新しいものを受け取りに蝶屋敷へやってきた杏寿郎だったが、胡蝶は急用ができて留守。屋敷を出る際にすぐに帰るといっていたので、名前は杏寿郎にお茶を出し、彼女が戻るまで待ってもらうように話してから自分の業務に戻った。

負傷している隊士たちの傷の経過の確認、それが終わったら包帯を替えたり血圧や体温を調べてカルテに記入する。その間、後ろから感じていた視線は十中八九杏寿郎のもので、炎柱である彼から受ける視線に緊張するが、自分がやるべき仕事をやるだけだと気にしないようにした。

必要な処置を終え一息つく。
(そろそろしのぶ様も帰ってくるかしら)
時間を確認すると胡蝶がでかけてもうすぐ1時間が経過しようとしている。



使った道具の消毒をしようと道具をトレーにまとめたら座っていたはずの杏寿郎がすぐ隣まできていて小さく悲鳴をあげるが、そんな悲鳴は杏寿郎から発せられた「嫁にきてほしい!」という言葉でかき消された。

手に持っていたトレーが手から抜け落ち、道具が床に散乱するし、その場に居合わせた隊士たちは怪我しているにも関わらず身を乗り出して二人のやり取りに食いついてくる。



杏寿郎と名前は初対面。
そう、初対面なのだ。なのにお友達からとか恋人になってほしいなどの順番をすっ飛ばしていきなり求婚。

意味が分からない。

その場は適当にはぐらかし、騒いだり冷やかしてくる隊士には、問答無用無用で苦い薬を処方し黙らせた。

おそらくその隊士たちが話したであろう「煉獄さんが求婚した」という話は「煉獄さんが結婚する」へといつの間にか変化していて、噂の訂正で一時期はてんやわんやだった。
今はなんとかその噂が下火になりつつあるが、未だに杏寿郎からの求婚は続いていて、名前は杏寿郎の扱いに少し困っていた。

「はぁ、なんで私なんだか…。煉獄さんならいくらでも良縁がきているでしょうに」
「一目惚れしたんだ」

無意識についたため息に、杏寿郎はそう返した。

「俺は名前がほしいと思っている。他の誰かではなく、俺の隣で笑ってほしい!」
「……なに言ってるんですか」


顔が見えなくて良かった。
きっと今、顔は真っ赤になっているに違いない。

(絆されちゃ、駄目だ…。)
なんとか熱を逃がそうと視線を逸らす。そこで気が付いた。


「あの…、蝶屋敷は先ほどの角を左ですが……」
「あぁ、そうだな!だが煉獄家はこっちであっている!」
「待って!待ってください!一旦止まってください!」
「ちゃんと手当もするから安心していい!」
「“も”ってなんですか?“も”って!?」

不安しかないんですけど!!
なんとかその場から逃げようと手足をばたつかせてみても、杏寿郎にとってそんなもの抵抗にもならない。

(絶対に絆されるもんか!!)

だんだん近づいてくる煉獄家の屋敷。
すると煉獄家の門の前で仁王立ちした胡蝶しのぶがにっこり笑って立っていた。血管には青筋が浮いているが。


「煉獄さん、うちの名前を返してもらえますか?」
「名前を口説いても構わないといったはずだが?」
「それは「同意なら」と言いましたよね?」

無言の押し問答の後にしのぶへ返還された名前はしのぶに抱きつきながら帰っていった。
ちなみに背負われていた姿はばっちり隊士に見られていたらしく、再び噂が広がったのはいうまでもない。

(20220121)



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