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※いずれシリーズになる
※六弦→←名前 +ちょっかい担当高谷
※原作開始時半年前、冬大会後くらい

 『走る格闘技』、カバディに怪我はつきものだ。特に数人を相手取って帰陣を目指すレイダーであれば、些細な傷は日常茶飯事だった。

「赤三点!十二番、九番、アウト!」
 一年同士の対戦型の練習を見守っていた名前は、笛を吹いてタイムアウトを言い渡した。今しがた守備陣から二点、ボーナス一点をもぎ取り帰陣した高谷が、猫のような吊目を丸くして名前を見下ろす。
「手、血が出てる」
「え?……あー」
 高谷は名前の指摘により、右手小指の付け根の出血に気付いたようだった。マットで擦ったのだろう。
「消毒するから早く出ろ。代わりに赤一番に上野が入って。軽くアップしてからね」
 ポイントキーパーを務めていた一年のうち一人に代わりにゲームに入るよう言ってから高谷の腕を掴み、名前はコート外へ引っ張り出した。

 やや不服そうに、生意気な一年は体育館の隅に座った。ルーティントレーニングはよくサボる癖に、試合を抜けるのは嫌らしい。名前は救急箱を開き、消毒液と大きめのカットバンを取り出す。
「こんなの舐めときゃ治りますって。名前さんはシンパイショーなんだから」
「高谷、知ってる?奏和のカバディ部は歴史が深いんだ」
 高谷は片眉を上げて訝しむように名前を見る。名前はわざとらしく声を低くして続けてやった。
「だから、このマットには数年分の汗や涙や涎が染み付いてる。大人しく腕出して」
 うげー。高谷は口をへの字に曲げて右手を名前に突き出した。名前は笑ってその手を取り、消毒液を染み込ませたコットンで傷口を撫でてやった。
「名前さんと六弦さんってさあ、仲良いよね」
「うーん。中学からの仲だし」
 『仲良し』。歩との関係を改めて考えたことはなかった。仲が良いとか悪いとかの前に、戦友で、ライバルで、恩人で……。関係を表す言葉が多すぎる。
「六弦さんといる時の名前さんの『音』さ、すごいよ」
 カットバンを張り付けて手当ては完了したが、高谷はもうしばらく話す気のようだ。一年同士の練習試合は後数分で終わる。今更コートに戻ることはない。名前は話を続けることにした。
「すごいって?」
「俺のファンの子たちみたいな音してる」
「……」
 予想外の返答に名前は黙った。
 高谷FCができたのはしばらく前のことだった。キャント中は声援を遠慮してもらうよう伝えたが、高谷が得点を持ち帰ると黄色い歓声をあげている。一度だけだが、緊張を隠せず顔を真っ赤にした女の子に部活帰りの高谷が呼び出されたのも見たことがある。その子たちと同じ『音』だという。
「歩に?俺が?」
「うん。てか何で自覚ないの?」
 間髪を入れない高谷の問いかけに名前は再び黙る。自覚が全くないかと言われれば、そんなことはない。歩に対して、自分の中に処理しきれない感情があるのは分かっていた。ただ、それは嫉妬だとか独占欲だとか罪悪感だとか、ぐちゃぐちゃに混ざり合った泥臭いものだとも思っていた。高谷のファンの子のようなきれいな感情ではないはずだ。

 名前の思考を遮ったのは高谷ではなく、集合を告げる歩の声だった。時刻は15時を少しすぎたところ。土曜練習の締めのミーティングの時間だ。
「手当てありがと、センパイ!」
 高谷が手当てしたばかりの手を差し出し、名前は握り返した。そのまま勢いよく引っ張られて体育館の中央に連れて行かれる。集合している部員に混ざった名前は高谷の手を振り払おうとしたが、強い力で握られたまま手は離れなかった。ミーティング中に高谷と言い合うわけにはいかないから、仕方なくそのままにしておく。
 歩から今日の練習の総括と伝達事項が伝えられる。その際に高谷に繋がれたままの手を見咎められ、一瞬怪訝そうな顔をした。それに気づいたら木崎も、名前と高谷の繋がれた手を二度目する。名前は苦笑いで返した。
 レイダーあがりのマネージャーである名前に高谷が懐いてきているのは、部員なら大抵のものが知っていることだ。


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