ムーンレイカー | ナノ



 転送位置が悪かった。聖心病院の大きく開かれた窓を挟み、黄衣の王の複数の目と名前の目が合う。その目に金縛りになっている間に、黄衣の王はその長い触手で名前に一撃を加えていた。ゲーム開始早々の災難に焦燥しながら、名前は二階へと駆け上がった。狭い空間だが、見通しが悪く撒きやすいはずだ。階段を駆け上がり、物陰に隠れ、旋回し、暗号機三台分引きつけたところで、二度目の殴打を食らった。
 チームはフレディとヘレナ、マルガレータだ。後の二台を解読してそのまま脱出してくれと願いながら、名前はバルーンに括り付けられた。
 尋常ではない浮力で浮き上がった時、名前は低くはない聖心病院の天井に頭をぶつけた。脳に響く痛みに全身から力が抜ける。黄衣の王は特に気にした様子もなくそのロープの長さのまま移動して病院を抜けようとするが、名前の体が出入り口に引っかかったところでいつもよりロープを長く持ちすぎていることに気づいた。手にぐるぐると手繰り寄せて名前の体を引き寄せる。名前は急な動作にうめき声を漏らすが、全身の痛みに大きな抵抗はできなかった。
 黄衣の王のフードに隠された深淵から赤い瞳が名前を凝視する。名前が黄衣の王の眼に魅入られる数秒前に満足したように一つ頷き、病院を出た。

 どうやらロケットチェアに縛る気は無いらしく、名前は緩やかな抵抗を繰り返す。黄衣の王は気にしたそぶりを見せず、揺れている暗号機のもとへと滑るように進んでいく。名前は仲間にハンターが近くにいるとメッセージを送る。無理な体勢で長時間吊られ、だんだんと頭に血が上ってきた。抵抗の気力も削がれ、このままロケットチェアに縛り付けて構わないと思いながら、メッセージを送り、黄衣の王の居場所を知らせ続けた。
 メッセージの効果か、名前を吊り上げたままでは黄衣の王は移動しづらいのか、名前を除いた誰一人怪我することもなく解読が進んでいる。最後の一つの暗号機が解読され、ゲートの通電を知らせるサイレンが響く。黄衣の王の目が赤く光る。

 ゲート前にはサバイバーが集まり、ヘレナがパネルにコードを打ち込んでいる。足元にはマルガレータの持つ赤のオルゴールが三台置かれ、複雑な旋律を奏でている。周囲を警戒していたフレディが一番最初に黄衣の王と名前を見つけ、視線を逸らし、再度見つめた。名前はフレディの表現し難い表情を見て、そっと視線を彷徨わせる。フレディは狼狽えながらもヘレナとマルガレータに注意を促したようだ。
 フレディの動揺はもちろん名前も理解している。理解できるが、抵抗もできず黄衣の王に連れられてお散歩状態になっている名前が一番動揺している。
 一瞬の混乱と葛藤の後、無事にゲートが開く。黄衣の王の触手を掻い潜りながら三人は脱出した。未だ黄衣の王に吊るされている名前をおいて。

 黄衣の王は三人が遠く手の届かない場所へと至ったことを確認してからまたするすると歩き出し、ゲートからそう離れていないところにあったロケットチェアに名前をくくりつける。
 わかっている。これはゲームだ。たまにリッパーが最後に一人になった名前に手酷くしてからハッチの上に放置することはあるが、それはゲームの勝利を確信した上での傲慢な優しさだ。ハンターとして一人も捕らえられていない状態でわざわざ逃すことはない。だか。
 散々名前をぶら下げて歩いておいて、結局なんの成果も得られず、最終的にチェアに縛り付けた黄衣の王の意図が全く読めない。名前を片手に持っていたことで不慣れな左腕──左の触腕で攻撃を行っていたし、少なからず移動速度は落ちていたはずだ。
 名前は口をへの字に曲げる。ハンターとは基本的に言葉を通わせることはできない。黄衣の王の考えなど読めるはずもない。名前は目の前に立っている黄衣の王に、ペットのように扱われたようでなんとなく苛立った。
 荘園を目指して吹き飛ぶチェアに座りながら、名前はため息をつく。まあなんだろうが、三人脱出すればこちらの勝利だ。
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