ムーンレイカー | ナノ



 目を開いた瞬間、夢だと気づいた。
 ノイズのかかった陽気な音楽が流れ、それに合わせて小さな電球が明滅する。ムーンリバーパークのカルーセル、馬車を模したベンチの中に名前はいた。
 あたりを見回す。ゆっくりと視界を流れていくのは見慣れた景色だ。暗号機を解読し、ハンターから逃げ惑い、救助に走り……。何百回、もしかしたら何千回と繰り返しているのかもしれない。遠くで暗号機のキーを打つ音が聞こえた気がしたが、それよりもすぐ近くでこぼれ落ちた忍笑いに気が取られた。名前がカルーセルの外を覗き込む前に、馬車は霧の影を通り過ぎてしまう。ベンチから立ち上がろうとしたが、倦怠感に足が萎えて立ち上がることができなかった。
 くるくると回っていく外の景色から目の前に視線を戻せば、彼が座っていた。長い足を組んでいるため、伸びたつま先が名前の脛に触れそうだ。突然現れたハンターに驚くことはない。相手があの男だということだけでなく、ここが現実ではないと名前は理解していたからだ。
 カチリと鋭い爪を一度鳴らして、男は名前に手を差し出した。その手を取ったことに理由はない。萎えた足をどうにかしてくれると考えていたのかもしれない。男と名前は馬車から立ち上がったが、そのままカルーセルを降りる事はしなかった。男にエスコートされるまま腕を取られ腰を抱かれ、ゆっくりと踊り始める。名前は踊り方を知らない。人形のようにたたただ体を揺さぶられるだけだった。足がもつれ、男の胸に頭をぶつける。捕らえられた腕と腰を支点に、名前の体は彼の良いように動かされる。霧はじっとりと世界を包み込み、すぐ近くの男の顔さえも判別できない。何のためにここにいるのだろう。しなければならないことがあった気がする。ぼんやりとした思いが過ぎったが、耳元に落とされた男の声に支配されて、腕の中を離れようとはしなかった。
 どこへも行けない、どこへも行かない。このまま踊り続けるだけだ、永遠に回るカルーセルの中で。



 名前は言いようのない苦しさに目を覚ました。嫌な汗が首筋を伝う。悪い夢を見ていた気がする。不眠が明日のゲームに及ぼす影響を知っていながらも、夜が明けるまで、再び目を瞑ろうとは思わなかった。
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