ムーンレイカー | ナノ



 視界を遮り手を凍えさせてゆく雪を一度見上げ、名前は深いため息をついた。悴んだ指先を擦り合わせ、最後の暗号機を解読してゆく。すぐ隣で解読している機械人形に人の体温は無い。
 ハンターはリッパー、追跡のし難い入り組んだ工場の中でもクリーチャーに追いつき、彼をチェアへと縛り付けられた。一度救助を行って銃を失ったマーサは次の標的にされ、板や窓を駆使して逃走している最中だ。
 解読はもう間も無く終わる。何度か調整をこなし、ゲート開通のサイレンが鳴る。持ち直したらしいマーサの様子を伺いつつ、名前はゲートへと走った。

 名前がたどり着いたゲートは無人だった。トレイシーは反対側のゲートにいるらしい。心臓の高鳴りはなく、気配は感じない。名前は背後を気にしながらもコードをパネルに打ち込んでゆく。
 遠くから聞こえる呻き声と、目の前に現れた赤い残影。リッパーの瞬間移動だ。身を翻すが、手遅れだった。名前の背を鋭い爪が襲う。痛みに耐えきれず、名前は膝をついた。倒れ伏した名前の上にも容赦なく雪が降りかかり、シャツをじっとりと湿らせてゆく。リッパーは陽気に鼻歌を歌いながら名前を引き立たせ、ロケットチェアに縛り付けられた。最後の最後で油断してしまったことを悔やみながら、名前はマーサとトレイシーの様子を伺った。
 二人はやはり反対側のゲートにいるようだ。名前早く逃げるようメッセージを送りつつ、目の前に立っているリッパーを睨みつけた。

 雪混じりの土を踏む音がする。トレイシーの機械人形だ。リッパーの霧が機械人形を易々と打ち砕くが、その陰に隠れるようにしていた空軍が素早く名前を救助した。名前はすぐさま開門されたゲートへと走り出すが、冷たい霧の刃をその身に受けてしまう。名前を牽引していた空軍も爪の一撃を喰らい吹き飛んだ。
 リッパーはやはり鼻歌を歌いながら、名前をロケットチェアへと連れてゆく。マーサが倒れたのはゲートまで這いずって脱出できる距離ではなかった。トレイシーも再び機械人形で名前を助けようとするだろう。名前は二人に逃げるようメッセージを送るが、帰ってきたのは持ちこたえろというメッセージだった。
 リッパーの今回の特質は瞬間移動だ。このまま反対側のゲートへ向かい、トレイシーまで捕らわれてしまうのは避けたい。リッパーはロケットチェアの前に立ちながらも、反対側のゲートの様子を伺っているようだ。機械人形は間に合わないだろうが、せめてマーサが自己回復してトレイシーが逃げ切る時間を稼げればいい。名前は意を決して、ワイヤーを食い込ませながらロケットチェアへと浅く座る。名前の動きを気にしてさらに半歩近づいてきたリッパーへ、間髪入れずに伸ばした足を絡める。リッパーは名前に引っかけられた足をそのままに、ロケットチェアの背に爪を食い込ませながら名前へと顔を寄せる。
 ひっ。名前は短く息を飲んだ。引き止めているだけではないリッパーの禍々しい目の光に、思わず顔を背ける。リッパーからはいつもの鼻歌は消え、ただ獣のような息をこぼしている。名前は身体中に伸し掛かる圧に絶え絶えに呼吸し、自然に浮かぶ涙を堪えた。
 名前が耐えきれなくなる前に、ロケットチェアの点火が始まる。普段は絶望と悔恨の末路でしかないが、今ばかりはロケットチェアの振動が嬉しかった。ワイヤーがきつく食い込み宙へ浮かび上がる前に、リッパーが名前の腕ごと手すりを押さえ込んだ。尋常ではない宙への推進力とリッパーの手加減のない力に挟まれる名前の腕が軋む。耐えられずに呻き声を上げ、名前が仲間の投降を乞う前に、ロケットチェアは激しく振動してリッパーの手を振り払った。そのまま真っ直ぐ空を飛び、荘園へと向かってゆく。名前はほとんど失神し、ロケットチェアに身を任せていた。

 名前が荘園に帰されてすぐにリッパーはトレイシーのいたゲートへ瞬間移動した。機械人形に意識を取られていた彼女を一撃で倒し、ロケットチェアに縛られた彼女の目の前で機械人形は無残に破壊された。マーサは自己回復が間に合わず、うずくまっていたところを容易くロケットチェアに縛られた。
 逃れられたものは誰もいない、リッパーの完全勝利だった。
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