ムーンレイカー | ナノ



 リッパーについて。どうやら彼は女性に対して紳士的な態度をとっているらしい。最後に残った一人に対して、男ならば大抵最後まで追いかけるが、女性の場合は見逃すことがままある。風船やロケットチェアに縛りつける時も、素肌に触れないよう気をつけているようだ。鋭い刃で切りつけておいて、今更優しくするも何もない気もするが。

 わりに足の速い名前はロッカーに隠れるよりも逃げた方が得策だ。今日はたまたま気配を殺したリッパーに気づくのが遅れ、ロッカーに慌てて逃げ込んだが見られていたらしい。
 彼はロッカーを開け、名前を引きずり出した。その勢いのまま背中と膝下に手を回して抱えあげられる。名前は驚きに声もあげず、なされるがままに目を見開いた。
 いつもの風船ではない、結魂者の繭でもない。ロケットチェアに向かうわけでもなく、ただハンターに抱きかかえられている。なんだ、この状況は。名前は混乱した頭で数秒停止し、やっとのことでぐっぐっとリッパーの胸を押し返し、足をばたつかせる。不安定な姿勢では大した力も出ない。 軽く結ばれた風船のロープならば足掻けば解けることもあるが、リッパーの腕の中ではそうはいかない。細く見えるリッパーの体だが、実際に捕らえられるとほとんど身動きができない。力強い腕だ。暴れる名前を咎めるように、体をきつく抱き締められる。軋む体に名前は詰まった声を上げた。
 名前は体を強張らせながら、他のサバイバーの様子を伺った。暗号機の解読は三台完了している。ヘレナとトレイシーが次の解読へ移り、マーサが救助にくるだろう。 そう思っていると、マーサからメッセージが届く。「解読中止、助けに行く。」名前はすぐさま「解読に集中して。」と返した。切実な思いだ。マーサにこの状態が見られることを危惧し先ほどよりも強く暴れるが、リッパーは名前を軽く揺すぶって抱え直しただけだった。情けなさに唇を引き結びつつも、足を動かし肘を突っ張る。履いていた革靴は脱げてどこかへ飛び、腕は上質なジャケットの生地に滑る。空回りする抵抗だが、しかし名前は止めることはできなかった。
 名前の視界の端を影が走る。マーサが救助に来たのだ。名前は羞恥に視線を逸らしたが、彼女は名前を確認すると踵を返した。メッセージは「頑張れ!持ちこたえろ!」リッパーが名前をロケットチェアに縛る様子を見せないのならばここで救助するのは得策ではなく、暗号解読を進めたほうが良い。異様な二人を見て、彼女はそう考えたのだろう。名前も同意見だ。ゲームは三人脱出すればこちらの勝利、無理に俺を救出することもないと名前は考えていた。仲間を思う気持ちが強いマーサはきっと助けに来るだろうが。

 マーサが離れ大人しくなった名前に対し、リッパーは相変わらず上機嫌だ。名前を抱えたままくるりと一回転する。ステッキの薔薇から溢れた花弁が足元に散り、不自然なまでに優雅だ。
 暗号機は残り一つ。これもすぐ終わるだろう。名前は地下室へ行くとメッセージを送った。これ以上彼女達にこの姿を見られたいとは思わない。リッパーが名前を飛ばすにしても逃すにしても、名前が最後の一人になったほうが気が楽だ。三人から先に行く、ありがとうとメッセージが返ってくる。ゲートの通電と、しばらくして脱出していく三人の影。状況を見守っていた名前は勝利を確信して少し体を弛緩させた。

 急に暗い影が落ち、名前は顔を上げた。リッパーの白い仮面が目の前に迫り、ほとんど触れそうな距離にある。仮面の奥では赤い光が覗いている。狩られる恐怖に情けない声を上げるが、すぐにあやすように優しく揺さぶられる。

 そういえばこうして彼に抱かれるのは初めてではない。湖景村でのことを思い出した。波に揉まれて身体が動かずに倒れていた名前を、彼はこうして船の上へと寝かせたのだ。当時はゲームの不具合に必死になっていたが、彼が助けてくれたのは間違いない。多分、このハンターに絆されてきている。半ば物理的に。

 ゲートかハッチまで送り届けるにせよ、ロケットチェアに座らせるにせよ、リッパーの好きにすればいい。名前達の勝利は既に確定し、さらに言えば抵抗は無意味だ。

 ぶらぶらと振れる足先と浮いた尻は不安な感じもするが、リッパーの腕に支えられた背と膝裏、密着した体の側面はしっかりと固定されている。観念して力を抜き頭を胸に預けると案外快適だが、頬にあたるスーツはひんやりとしている。無機物の冷たさではない、リッパーの体温が生地を通して伝わってくるのだ。そうか、彼はこんな温度をしているのかと思いながら、名前は彼の胸の中で揺られていた。
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