Don't you cry no more. | ナノ


「バレンタイン?」

高さの違う声がぴたりと揃った。女っ気のない事務所では、それはなんの意味も持たない日だ。
ネロはフォルトゥナのキリエを思い出し、バージルは興味なさげに読書を再開し、ダンテ達は自身から薔薇の花束を貰う様子を想像して身震いした。

「そう、バレンタイン。日本ではお世話になった人にお菓子をあげるんだって」

みな平然としていたが、内心は複雑だった。どの時間軸のダンテもベアトルに好意──ラブだかライクだか──を抱いているのだ。女扱いをされるようだが、ベアトルから率直な思いを貰うのは、悪い気はしない。

「でも、こんな男所帯じゃあねー。レディとトリッシュ、甘いの好きかな」

ベアトルの言葉に真っ先に声をあげたのは若だった。

「えー!ベアトルつくれよー」

「若甘いの好きだしね。若は食べるか」

「俺も食う」

ベアトルの菓子を得る権利を堂々と獲得した若と四代目はにやりと笑った。素直に強請れないだろうダンテ達に優越感を抱くが、ベアトルの言葉でそれが覆された。

「でもみんな甘いの好きだよね、いっぱい作るか」

「ストロベリーサンデー!」

若は愕然とした。手に入れたはずの権利が、当然のように平等なものとなっている。四代目はベアトルの性格から分かっていたのかこっそり苦笑し、初代は小さくガッツポーズをした。
ネロの口からみんなの大好物の名前が放たれる。今まさに、ベアトルの愛やら何やらが詰まるはずだった特別なお菓子が、極々平凡な三時のおやつになり果てようとしていた。

「そうだね、そうしよっか。二人にはやっぱ花束かな」

ベアトルのあげた二人とは、先ほどのトリッシュとレディだろう。ベアトルの中にあるフェミニストな部分を思い出し、ダンテはそれぞれため息を着いた。



そして14日、バレンタインである。残念ながらトリッシュは帰ってきておらず、レディも長期の仕事に就いていたため、ベアトルが花束を送ることはなかった。
ネロとバージルはなんの因果か二人とも仕事に出て行った。

異様な雰囲気に包まれた三時、ダイニングとローテーブルにおかれたストロベリーサンデー。普段よりやや大きめで、それぞれの好みに合わせて、生クリームが多めだったり、チョコレートソースがかかっていたりする。
それはいい。好みを熟知しているベアトルの気遣いだ。
問題は二代目の前におかれたストロベリーサンデーだ。アイスが少なめで、ベリーのソースがかかっている。そして、大きい。いつものより、そして今みんなの目の前に置かれているものよりも明らかに大きい。
サンデーを一瞥した初代はベアトルに尋ねる。

「なあ、ベアトル、二代目の大きくねぇか?」

「え……、あー、うん」

ボウルを流しに入れたベアトルがエプロンを外しながらキッチンから戻ってくる。

「だって、二代目にお世話になってるし、かっこいいし、頼りになるし……」

抗議しかけた若は黙った。なるほど、普段から事務所を爆発させたり切り裂いたりドアを吹っ飛ばしたり穴を空けたりしているダンテやネロ、バージルと違い、二代目がものを破壊することは滅多に無い。料理も上手い。そして、なんだか頼りになる。

「ああ、ありがとう」

表情筋が死滅したと言われている二代目が、ほんの少し、優しく微笑んだ。ベアトルは照れたようにキッチンに引っ込んだ。

事務所内の空気は一気に変わった。それぞれが自分のサンデーに集中し、もくもくと食べている。四代目が表情の柔らかい二代目をちょっとの間興味深げに眺めていたが、やがて生クリームに集中した。

ネロが帰ってきたのは予想以上に早かった。食べ終え、ベアトルがストロベリーサンデーを出すのをぼんやりと見ていた若は素っ頓狂な声をあげた。

「え、ベアトル、ネロの?でかくねぇか?」

「だってネロ、家事手伝ってくれるし、成長期だし」

小さな声で可愛いしと付け加えたベアトルに気づかず、ネロはサンデーに飛びつく。成長期って俺もなんだけどなと呟いた若は黙殺された。

バージルが帰ってくるのはあと数十分後、そのサンデーの大きさにダンテが溜め息をつき、ベアトルのバージルはダンテが迷惑かけてるから、という理由に自己を多少反省するのはその数分後である。
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