Don't you cry no more. | ナノ


夜、なんとなく起きてしまったベアトルは何か飲もうと階段を下りる。寒いリビングを通ることを憂鬱に感じ、バスのすぐ横に伸びる階段を選んだ。

キッチンの冷蔵庫からパックの牛乳を取り出し、手鍋に入れ火にかける。適当な温度になったらマグカップに移し、はちみつを入れてくるくるとかき混ぜた。カウンターを回ってスツールに腰掛けると、リビングのソファの背に銀色の頭を見つける。

ダンテは一昨日から仕事だった。
依頼を受けるときは大抵二人で行くのだが、一人で行くこともある。あまりにも危険だったり過酷そうな依頼は、ダンテが勝手に自分で受けてたった一人で解決してしまうのだ。
ダンテはベアトルが傷つくことのないよう配慮している。自身の力を分かっているから、一人で仕事をする。けれどベアトルは、それが不満だった。
ダンテが誰も失いたくないように、ベアトルもダンテを失いたくない。ダンテが悪魔に劣るなんて考えられないが、もしもダンテが傷つくことがあったらと思うと、ベアトルは時たま居ても立ってもいられなくなる。

ダンテの正面に回り、履いたままのブーツを脱がせる。コートも脱がせようかと思ったけれど、脱がし方がいまいち分からないし疲れている所を起こしてしまっては嫌なので、止めた。
ダンテを寝室に運ぼうとも考えたが、決して小さくはない身長差に気付いて諦める。申し訳ないけれど、このままここで寝てもらおう。
このままでは肌寒いだろうと思い、ソファの背に引っ掛かっていたブランケットを膝の上に掛ける。けれどダンテの大きな体の半分も覆わなかったので、ベアトルは羽織っていたニットのカーディガンを脱いでダンテに被せた。やや大きめだったのが良かった。

ベアトルはソファの斜め前に座り込み、ダンテを観察するように見上げる。
腹の上で組まれた手は大きく、少しささくれ立っている。開きっぱなしのカーテンの下がる窓から月光が差し込んでダンテの銀の髪を輝かせた。やや伏せられた横顔はあまりにも端正だ。

温くなったミルクに口をつける。甘みが口内に広がるのを感じてベアトルは頬を緩めた。
いい加減ダンテの観察を止めて毛布を取りに行こうとベアトルが思った途端、瞑られていたダンテの目がぱっちりと開いた。

「ベアトル」

「……びっ、くりした。おかえりなさい。ごめん、起こしちゃったね」

「いや、寝ていなかった」

ダンテが起きていたことに驚いて息を飲んだベアトルは、自分がダンテをじろじろと見ていたことを思い出して少し照れた。恥ずかしい。
ダンテが気配に気づかないなんてことはない。最初から起きていたというのは本当だろう。

「言ってくれたら良かったのに」

「ああ、すまないな。珍しくて」

珍しくて、の後に、お前に見られるのが、と続けられる。その言葉にからかいの色を感じたベアトルは更に羞恥を覚えた。

「あの、何か飲む?」

ベアトルが話を反らすように言うと、ダンテは黙って首を横に振って少ししてから呟くように言った。

「そばにいてくれないか。少し、疲れたんだ」

ベアトルはその言葉に俯いていた顔を上げた。二日間働いて、しかも深夜に帰ってくれば、もちろん疲れているだろう。けれど、ダンテのその言葉からはただの疲労とは別の感情が滲み出ていた。

飄々として自分の思いを表に出さないダンテが、自分の負の感情をさらけ出すことは滅多に無い。
ベアトルは依頼に付いて行かなかったことを悔やみ、ダンテに何があったのか知ろうとも思ったけれど、目の前にいるダンテが自分を必要としてくれるのならば、出来る限りのことをしようと思った。

ベアトルは力無く座るダンテに腰を浮かせて手を伸ばしその頭を撫で、そっと両腕で抱き締めた。ダンテの髪の毛は濡れているのかと勘違いするほど冷え切っている。片膝をソファに乗せて、ベアトルは自分の体温を移すように全身でダンテを包む。

ベアトルの力ではダンテを守れない。過去に受けた傷を癒せない。救いたかった人を救えない。それでもダンテが自身を必要としてくれるのなら、このまま抱き締めていたいと思う。
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