Don't you cry no more. | ナノ


ダンテのその長い生の中で手から滑り落ちたものは数え切れないほどあり、その中で何度も深い傷を負った。
美しかった母、親しい仲間、伸ばした腕が届かなかったこと、背中を預けた相棒、守れなかったこと。
幾度自分の愚かさと手のひらの小ささを思い知ったことだろう。過去に捕らわれて身動きを取れなくなってしまわなかったのが不思議なくらいだ。

そこまで考えて、ダンテは自分の傍らに眠るベアトルを見た。
胸が静かに上下してそっと呼吸をしている。目元に掛かった髪を払うと、ベアトルは不明瞭な声を漏らした。そのあまりに無防備な様子にダンテはそっと笑って頬に手を滑らせる。
陶器のように滑らかな肌はきちんと温かく、平均よりもやや低い体温のダンテに熱を伝えた。
指先の熱が移ったように、じんわりと胸の奥のほうからなにか暖かいものが滲み出した気がする。ダンテはもう、それの正体を知っている。
なぜなら彼は、片割れの手を掴めなかった向こう見ずなダンテでもなく、葬ったものが自身の片割れと知って絶望に浸ったダンテでもなく、寂しさと諦めを余裕の仮面で隠したダンテでもなく、救うことの難しさと傷つけることの容易さと愛することの美しさを知るダンテであるからだ。

ベアトルの手が何かを探るようにシーツをさ迷う。ダンテはその手を大きな手で包み込む。微かな力が籠もるその手を感じて、生きる決意をより深くする。
たとえこの目がどんな惨劇を映そうとも決して反らされることはなく、いくら拒まれたってこの手はもう何も取りこぼすことはない。大事なことは全部言葉にするし、一緒にいたいと思ったら手を離すなんて有り得ない。全部守る、もう何も無くさない。ダンテはそのために充分すぎる力を持っている。

ダンテはもう一度ベアトルに目を向ける。ダンテに比べると小さなその体には、しかし生き抜く覚悟が収まっている。ダンテはそれでよかった。
過去は変えられない、消えない傷もある。けれど、雨に打たれたって斬られたって胸に穴を空けられたって構わない、何があってももう躊躇わない。何度でも立ち上がれる。一人ではないと知っているから。
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